home > ごみと文学

 

人間が生きることと切っても切り離せない「ごみ」。

当然ながら、人間の生を描く文学作品の中にも、しばしば「ごみ」が登場します。

このコーナーでは、文学作品の中で描かれている「ごみ」を切り口にして、

ちょっと変わった視点からごみ問題を考えていきます。

 

 

01・島本理生「ナラタージュ」(2005年、角川書店)

「家を出ると、さすがに鼓動が高くなって緊張してきた。改札を通って駅に入った。ホームに着いてからゴミ箱に日記を捨てた。」

引用したのは、主人公の工藤泉が高校3年のとき、いじめに耐えきれず自殺しようとする場面です。そんな泉を絶望の淵から救ってくれたのが、彼女が所属する演劇部の顧問・葉山先生。互いに惹かれあいますが、卒業を期にいったんその関係は終止符を打ちます。しかし、大学2年生になったある日、葉山先生から「演劇部の人手が足りないので手伝ってほしい」と電話があり、再会を果たします。本作品は、2人の間の激しく揺れ動く感情を繊細に描いた恋愛小説の名作です。
さて、引用文についですが、死んでしまえばいいんだと考えた泉は、「なにもない荒野をただ冷たい風が抜けていくような、そんな解放感」に包まれ、鞄に日記を入れていつものように家を出ます。日記をごみ箱に捨てる行為は、言うまでもなく自分の過去を清算し、自分の存在を過去も未来も含めてゼロにしようとすることを意味するのでしょう。さらに言えば、自分そのものがたった1冊の日記に閉じ込められてごみ箱に捨てられてしまうようなちっぽけな存在だったのだという思いも、この行為に込められていたのかも知れません。
どんなごみも、最初からごみだったわけではありません。何らかの形で自分とつながっていたものを、自分から切り離すというのが、ごみを生み出すということの意味です。そう考えると、ごみが増えたのは自分とのつながりが感じられない物が身の回りに増えたため、とも言えるのではないでしょうか。死を覚悟して日記を処分した泉のケースは極端だとしても、捨てようとするものに対する思いがあれば、ごみになったとしても少しは浮かばれるような気がします。それは単に要らなくなったものではなく、自分にとっての役目を終えたものだから。

 

 

02・夏目漱石「三四郎」(1948年 新潮文庫)

「三四郎は空になった弁当の折を力一杯に窓から放り出した。女の窓と三四郎の窓は一軒置の隣であった。風に逆らって抛げた折の蓋が白く舞戻った様に見えた時、三四郎は飛んだ事をしたのかと気が付いて不途女の顔を見た。」

「散々食い散らした水蜜桃の核子やら皮やらを、一纏めに新聞に包んで、窓の外へ抛げ出した。」

2つの引用文の「窓」とは、いずれも汽車の窓です。三四郎が大学で学ぶため九州から上京する、「三四郎」冒頭の場面。1つめの引用文では空になった弁当の折、2つめは水蜜桃(桃の一種)の種や皮を新聞紙で包んだものを、それぞれ汽車の窓から外へ投げ捨てているのです。今では考えられないことですが、この小説が発表された明治41(1908)年当時は、特に珍しいことでもマナー違反の行為でもなかったと考えられます。その証拠に、窓外へごみを捨てたことについて、周囲の乗客の誰も非難の言葉を口にしていません。また、弁当の折を投げたのは三四郎ですが、水蜜桃を投げたのは乗り合わせた四十がらみの男(後に広田先生であることが判明します)です。田舎者の三四郎の非常識な行為という文脈で描写されたのではないことがわかります。
ここで登場する弁当の折箱は、もちろんプラスチック製ではなく、経木(きょうぎ)と呼ばれる木材を薄く削った板を折加工したものです。経木という名のとおり、もとは紙の代わりにお経などを記すのに使われていたようです。「折箱の歴史」というサイト(http://www.acta-web.co.jp/contents/history_01.html)を見ると、次のような説明がありました。
「最初の鉄道が新橋・横浜間に開通したのは、明治5年9月12日。 明治天皇が試乗された日には、祝賀会に参加した数百人の関係者に、折箱入りの箱詰弁当が 配られたという記録が残っています。 このようにして折箱の弁当が普及し出すと、「折箱屋」の看板を掲げた専門の折箱業者が出現。 割り機による「へき折」も出てきました。しかし、鉄道網が発達し、折箱の需要が拡大してくると、量産に向かない割り機では需要に対応できなくなってきました。 そこで明治の中頃からは、銀台で削る厚経木の製造へと改良されていきました。」
つまり、三四郎が上京した頃には、すでに量産型の経木弁当折箱が流通していたと考えられます。使い捨て容器のはしりですね。とはいえ、こうしたものを窓から投げ捨てることが問題にならなかったのは、水蜜桃も新聞もそうですが、有機性廃棄物だったからでしょう。有機性廃棄物はよほど条件が悪くなければ、1年もたたずに分解され土に還ります。また、当時は鉄道沿線に市街地が形成されておらず、ごみを投げても住環境への影響が少なかったという事情もあるでしょう。
ところで「三四郎」は、夏目漱石が「余裕派」と文壇に軽視されていた時代から、人間の本質を抉り出す近代小説の代表作家へと移行する節目の重要な作品です。三四郎と美禰子の間を行き来する微妙な感情の動きを柱とする青春小説であるとともに、当時の知識階級の意識や課題を追究した物語でもあります。作品の中で何度も出てくるキーワード「ストレイ・シープ(迷える羊)」は、読み返すたびに重層的な意味をもって迫ってきます。

 

 

03・太宰治「斜陽」(1950年 新潮文庫)

「かず子、着物を売りましょうよ。二人の着物をどんどん売って、思い切りむだ使いして、ぜいたくな暮らしをしましょうよ。私はもう、あなたに、畑仕事などさせたくない。高いお野菜を買ったっていいじゃないの。」

斜陽族という流行語も生んだ、太宰治の代表作の1つです。爵位を持つ家柄に生まれ、ごく自然なふるまいがすべて高貴に映る本物の貴婦人を母として、何不自由なく育った「私」(かず子)。父の死後は叔父の経済的な庇護を受けますが、敗戦に伴う民主化で叔父の財産の多くが没収されたため、東京の邸宅を売り払って、伊豆の山荘で母との二人暮らしを始めます。弟の直治は戦争で召集され、戦後も安否が不明なまま。働き手のいない家は蓄えが減っていくばかりです。
ある日、かず子は母から、直治が生きて帰ってくること、しかし重度のアヘン中毒にかかっていることを聞かされます。3人での苛烈な暮らしを心配する母は、どこかへ嫁ぐか宮様の家へ奉公して新しい生活をするよう勧めますが、母と暮らしたいと泣くかず子の心情を察して、引用文のような提案をするのです。
今でいう衣類のリユースです。丁寧に手作りされた着物は、大量生産された現在の服とは比べ物にならない価値がありました。また、高度経済成長以前、特に敗戦直後の混乱期は経済市場の規模そのものが小さく地域ごとにある程度完結していたため、着物を少しずつ売ることで、田舎暮らしの小家族の家計は十分賄うことができたのでしょう。少し後には、農家の娘が米を背負ってかず子の家を訪れ、米の対価として娘に「約束どおりの衣類を差し上げ」る場面が出てきます。
その後の経済成長によるごみの激増を見ると、市場の拡大と大量生産の仕組み自体が大量廃棄を前提にしている(前提にせざるを得ない)ことを実感します。しかしそういった社会の流れ以前に、かず子の一家は崩壊していきます。母は病に倒れ、直治はアヘンの代わりに酒に溺れたあげく自殺。1人になったかず子は愛人の子をお腹に宿し、母子2人で生きていく決意をするところで物語は終わります。
「斜陽」は、太宰の生まれ育った境遇が色濃く反映された小説であるとともに、戦中から戦後にかけての身分制社会の変遷とそれを背景とする思想的変遷を、見事に登場人物の生の中に写し込んだ作品でもあります。そうした普遍性が、数多くの読者の心を捉えたのでしょう。最後の場面、かず子は愛人に向けた手紙で「こいしいひとの子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成なのでございます」と記します。革命という言葉が、良くも悪くも今よりずっと身近であった時代のお話です。

 

 

04・川端康成「みずうみ」(1960年 新潮文庫)

「銀平は風呂敷包を勝手口のごみ箱に入れた。さばさばした。避暑客の不精か別荘管理人の怠慢か知らないが、ごみ箱は掃除してなくて、風呂敷包をおさえこむと、しめった紙類の音がした。ごみ箱のふたは風呂敷包で少し持ちあがっていた。銀平は気にかけなかった。」

桃井銀平は、教え子である久子との恋愛が発覚して学校を退職した元教師。美しい女性を見かけると後をついて行かずにはいられない性癖があり、久子との関係もそれが始まりでした。久子と別れてからも同じことを繰り返し、ある日そうやって追いかけた女性からハンドバックで殴られます。振り回した拍子にその手から離れたハンドバッグを放置して、女性は走り去っていきます。銀平はハンドバッグを持ちかえり、中に入っていた大金を自分のものにしてしまうのです。
犯罪者として追われるのではと怯えた銀平は、東京から軽井沢へと逃げ延び、新しく服を買いそろえてそれまで着ていたものを風呂敷に包み、その辺の目についた別荘のごみ箱にそれを捨てる――というのが引用文の状況です。
風呂敷包の中身は古着ですから、本来であればリサイクル・ショップ(ここでいうリサイクルとは、リユースと区別して使う「再生利用」の意味ではなく、広く「要らなくなったものを有効活用すること」の意味です)に売ったりしてリユースするか、ウエスの材料などとしてリサイクルするのが望ましいのですが、もちろん銀平にそんな余裕はありません。なお、ウエスとは機械器具類などを拭くのに用いる雑巾代わりの布のことですが、語源はウェイスト(waste)、つまり「ごみ」そのものを指します。
「みずうみ」という柔らかなタイトルに、「雪国」や「伊豆の踊子」のような抒情的な世界を想像して読み始めると、見事に期待を裏切られることになります。文庫版解説の中村真一郎はこの作品を、「もはや、デカダンスの底」と評しています。銀平の言動は救いようのないほど暗く濁っており、ごみ箱に風呂敷包を捨てる引用文の描写も、まるで次から次へ自分のまとっていたものを捨てなければ社会に受け入れられないような現状を象徴しているかのようです。ただそれでも、「これも人間なんだ」と読み手に重い荷物を預けてしまうその手際は、さすが川端康成というよりほかありません。

 

 

05・湯本香樹実「夏の庭」(1994年 新潮文庫)

「たぶん寝坊ばかりしているのでゴミが出せないのだろう。そう思ったぼくは、思いきって玄関の前まで足を踏み入れ、そのへんにほうりだされたままのゴミ袋を集めはじめた。今日は月曜日。十メートルほど行ったところの電柱まで持って行けば、OKだ。ゴミ袋を持ち上げると、のら猫が抗議の声をあげた。すっぱいようなヘンなにおいがむっと立ち上る。おえっとなりそうなのをこらえて、猫に『しいっ。静かに』と言う。どうしてこんなヘンなにおいになるんだろう。答え。それは、ものが腐ったから。」

「夏の庭」は児童文学の傑作であり、大人にとっても十分すぎるほど読みごたえがあります。むしろ、今こそ1人でも多くの大人たちにこの作品を読んでほしいと強く願います。小学6年生の「ぼく(木山)」と河辺、山下の3人組が、近所のおじいさんが死にそうだという噂を聞きつけ、死ぬときを見たいという不純な動機でおじいさんの家に通うようになります。最初は家の陰から見張っているだけでしたが、おじいさんに見つかってしまい、いつの間にか庭の草取りや壁のペンキ塗りなどを手伝うはめに。でも、そうやって庭や家がきれいになるのが楽しくて、進んで庭にコスモスの種を蒔いたりするようになります。一方、はじめはこたつに入ってテレビを見ているだけだったおじいさんも、3人に憎まれ口をたたきながら自分でもせっせと働くほど元気になります。
こうした奇妙な交流が始まるきっかけとなったのが、引用文のごみ袋です。おじいさんは一軒家に1人暮らし。十メートル先の収集場所へ運ぶのも面倒で、ついついごみ袋がたまってしまいがちになります。生ごみが腐って悪臭を放つそれらを、「ぼく」は放っておけなくなり、ついごみ出しを手伝おうとしたところを、おじいさんに見つかってしまうのです。
このおじいさんのような独居高齢者に登録してもらい、登録された世帯には収集員が玄関までごみを取りに行く「ごみ出し支援」のサービスが、今では多くの自治体で行われています。1996年に大阪市が始めた「ふれあい収集」が、全国の先駆けとなりました。なかには、ごみ袋を持ち出す際に一声かけて安否を確認する、見守りも兼ねた仕組みにしている自治体もあります。またこうしたサービスは、いわゆる「ごみ屋敷」になるのを未然に防ぐ意味でも有効です。
特に集合住宅の高層階に住む独居高齢者は、ごみステーションまでが遠いのでごみ袋を室内にためてしまいます。今度の収集日に出そうと思っているうちに1回では運びきれない量になり、よけいごみ出しが面倒になるという悪循環に陥ります。部屋がごみで一杯になると廊下、しまいにはお風呂までごみ置き場になり、買い物に出かけることもお風呂に入ることもできなくなって、最悪の場合命に関わる事態に。こうしたごみ屋敷問題の深刻さに気付き、早くから取り組んだのが大阪府豊中市です。社会福祉協議会が中心となって市の清掃部門や福祉部門と連携をとり、ご近所にも協力をお願いしてたまったごみを処分するだけでなく、また同じ状況に陥らないようしっかりと介護サービスにつなげていくという取り組みです。
「夏の庭」に話を戻すと、おじいさんとすっかり仲良くなった3人組ですが、4日間のサッカー合宿を終えて会いに行くと、おじいさんは眠るように亡くなっていました。小学校卒業を控えたラストシーン、3人はそれぞれの道に分かれていくことになります。そのとき、「もう夜中にトイレに行くのも怖くない」という山下くんはこう叫びます。
「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ、それってすごい心強くないか!」

 

 

06・村上春樹「羊をめぐる冒険」(2004年 講談社文庫)

「『何故投げたんだ?』
『理由なんてないよ。12年前からずっと投げてる。半ダースまとめて投げたこともあるけど、誰も文句は言わなかった』『昔は昔だよ』と警備員は言った。『今はここは市有地で、市有地へのゴミの無断投棄は禁じられてる』」

主人公の「僕」が久しぶりに故郷の町を訪れ、かつて海だった埋立地の堤防跡に座って缶ビールを飲みます。その空き缶を雑草の生い茂る埋立地に放り投げたところ、警備員に咎められたというのが、引用文のシチュエーションです。
廃棄物処理法第16条で「何人もみだりに廃棄物を捨ててはならない」と規定されており、違反した場合は同法第25条の14により5年以下の懲役または1千万円以下の懲役に処せられます。これは同法の罰則の中で最も重いものであり、不法投棄がいかに重大な犯罪であるかを示しています。投棄した場所が市有地であろうが民有地であろうが、投棄したものが産業廃棄物であろうが一般廃棄物であろうが関係ありません。
したがって、主人公の行為に弁解の余地はありません。ただ、彼が20代最後の6月の夜、そこで空き缶を思いっきり放り投げた行為には、「理由なんてない」と言いながらもいくつかの意味が込められているように思います。1つは変わってしまった故郷の風景と遠ざかってしまった海を自分の4年間の変化と重ね合わせて、いろんなものと決別しようという思い。もう1つは、巨大な社会システム、否応なく過ぎていく時間の中で自分の無力さを確かめようとする想いです。
「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」に続く青春三部作の完結編と位置づけられる本作品は、星形の斑紋を持つ羊を探し求める旅が物語の軸となっています。その旅のきっかけとなったのは、故郷の町で飲み仲間だった「鼠」からの手紙と、同封されていた1枚の写真であり、数年ぶりに故郷を訪れたのも鼠からの伝言をその元彼女らに伝えるためでした。探し求めていた羊は、戦時中に羊博士と呼ばれる農林省のエリートの体内に入り込んで大陸から日本に渡り、右翼の大物の体内に移って日本を裏で支配するようになります。羊は、まさに「僕」の存在を縛る社会システムの象徴でした。その意味で、この物語は単に虚構と切り捨てることのできないリアリティを読み手にもたらします。雑草の生い茂る埋立地に放り投げられた空き缶も、そうしたリアリティをより強める素材の1つとなっているのかも知れません。

 

 

07・綿矢りさ「インストール」(2005年 河出文庫)

「機械を抱えたままなんとか外に出て、エレベーターを使って1階まで降り、キーボードを何回も落としながらマンションの住人専用の駐車場を通り抜け、目的地のゴミ捨て場にやっと着いた。2階建ての巨大な駐車場に陽の光を遮られているゴミ捨て場である。マンションの中にいたときは健やかに息づいていた物も、ポリ袋に包まれてここに落とされた途端、光を失い音楽を失い、淋しく死ぬ。」

高校生活をドロップアウトすることに決めた17歳の朝子は、部屋にあるものをすべて捨てようと思い立ちました。壊れたパソコンを最後に、やっとすべてのものをごみ置き場に運びこみ、自分に必要なのは「こんなふうにゴミ捨て場へ逃げ出すのではなく、前進」なのだとわかってはいても何もできない自分を持て余します。そこへ現れた小学生の「かずよし」。修理して使うからとパソコンをもらい、ついでにここは普通ごみ置き場で粗大ごみ置き場は別の場所だと朝子に教えて去っていきます。
夜中までかかって大量のごみを粗大ごみ置き場に運び直した朝子は、数日後かずよしに再会し、直したパソコンを使ってアルバイトをしないかと持ちかけられます。そのバイトとは、人妻の「みやび」になりすましてエッチな話題で客とチャットを行うというもの。興味が勝って誘いに乗った朝子は、かずよしと2人で大人の世界を垣間見ていく……というストーリーです。
ごみ置き場に持ち込まれたのは、記述があるだけでも、本棚、椅子、扇風機、マンガ本(「バガボンド」1~9巻)、MDウォークマン、そしてパソコン。今これらをごみに出そうとすると、パソコンは2003年10月に施行された改正資源有効利用促進法に基づいてパソコンメーカーにゆうパックで送るか、2013年4月に施行された小型家電リサイクル法に基づいて地元自治体の回収拠点に持ち込むか。MDウォークマンや扇風機も小型家電リサイクル法の対象になるでしょう。マンガ本はブックオフなどに売ってリユースするのがいちばんですが、近くに引き取ってくれるお店がなければ古紙回収に出します。椅子や本棚は一般的には粗大ごみになると思われます。最近は粗大ごみの収集を有料化している自治体も多く、その場合は事前にリサイクル券などを購入することになります。また、組み立て式の木製家具の場合、分解して金具類をすべて外せば、大きさによっては可燃ごみ(普通ごみ)として出せる自治体もあるかも知れません。
「インストール」が書かれたのは2001年ですから、マンガ本を除いてはすべて粗大ごみ扱いだったと考えられます。文章から想像すると、普通ごみ置き場はマンションの敷地内にあってマンション居住者専用ですが、粗大ごみ置き場はマンション以外の近隣住民と共用のステーションであるように思われます。
それはさておき、部屋にあったすべてのものをごみ置き場に運び終えた朝子は、ごみの山に埋もれて「掃除の時の活気はどこへやら、私もゴミ化している」と嘆きます。しかしすぐ続いて、「私は死にたーい、と思った。しかし私はそれが嬉しいのである。ほのかにそんな落ちぶれた自分を格好良く思いながらわくわく、私はさらに寝転がってみた」。学校へ行くことをやめ、自分の部屋を空っぽにし、足場を自ら取り払ってごみと一体化した自分。おそらく17歳だからこその奇妙な解放感が、生き生きと伝わってきます。
自分をインストールするために始めたエロチャット嬢のバイトは1か月で終了し、朝子はまた学校へ通うことを決心します。基本的には何も変わっていないのですが、ただ「もう全部無価値だ、時間も若さもお金も」という思い、それらはすべて「しゃらくせぇ」という思いが彼女を捉えます。斬新で奇抜な道具立ての陰にある生への冷静かつ大局的な視点こそが、この作品を50万部のベストセラーにしたのだと感じました。

 

 

08・佐藤多佳子「黄色い目の魚」(2005年 新潮文庫)

「俺は波打ち際まで行って、しゃがんだ。引き潮で波打ち際はゴミが目立つ。割れた貝殻や丸い石、プラスチックや缶のゴミ。その雑多なブツを海は運び上げては、じゃぶじゃぶと波でなぶっている。」

俺(木島)は、サッカー部のゴールキーパーで、絵を描くのが大好きな高校2年生。同級生をモデルに人物の写生をする美術の授業でたまたまペアになったのをきっかけに、村田みのりとの付き合いが始まります。ある日、妹が中年男性との恋を親に咎められて家出し、心労の中で出場した練習試合では自らのミスで敗れ、あげくにチームメイトと喧嘩。引用文は、心配して声をかけてきたみのりと2人で、近くの海岸にたたずむ場面です。実は、練習試合でミスしたのは妹の失踪だけでなく、もう1つの原因がありました。毎日深夜までみのりの姿を絵に描くのに熱中し、寝不足が続いてサッカーに実が入らなくなっていたのです。
2人はしばらく黙ったままで、木島は砕ける波を、みのりは彼方の水平線を、じっと見つめます。波になぶられて行き場がないまま揺られ続けるごみたちは、長い沈黙の後で「マジになるのに失敗したんだ」と告白する木島の心象風景そのものだったように感じます。
海岸の漂着ごみは、日本全国で大きな問題となっています。筆者が先日訪れた鳥取県の海岸では、巨大なコンクリートの防潮堤で閉ざされた海岸の最奥部を、漂着ごみが積み重なって長い帯となっていました。いちばん多いのはプラスチックで、発泡スチロールなどは波に揉まれたり岩に打ち付けられたりするうちに粉々になり、もはや回収不能の状態です。以前訪れた沖縄県宮古島では、市民グループが定期的に海岸の清掃活動を行い、行政も回収ごみの収集や活動の広報などの面で協力しています。こうした動きは各地で活発化していますが、とても追いつかないほど次から次へとごみは漂着し続け、また前述のように細かく砕けたプラスチックごみなどは人の手をすり抜けて海中に漂い、海鳥や魚介類に大きな影響を及ぼします。
佐藤多佳子は「一瞬の風になれ」や「サマータイム」で知られますが、本作品もそれらの有名な作品に勝るとも劣らない感銘を与えてくれる、純度100%の青春小説です。物語は小学生だった木島が離婚してしばらく音沙汰のなかった父親に会いに行く場面から始まり、1章ごとに木島とみのりの独白が入れ替わる形で進行していきます。読者は、「いつ2人は出会うんだろう」「この場面、みのりはどう思ったんだろう」などと想像を膨らませながら読み進めていける仕掛けです。
みのりは人との衝突を恐れず、芯の強さともろさを併せ持った高校生です。彼女が友人に送った手紙に、こんな一節があります。
「私、クレーンやパワーショベルなんかを運転する人になりたい。しっかりした技術を身につけて、やれることだけちゃんとやって、毎日、おっかねえ顔で暮らしたいんだ。笑いたいときにだけ、少し笑うんだ」
なんてまっすぐな、汚れのない言葉でしょうか。読むのを中断して涙をこらえながら余韻に浸りたくなる、宝物のようにきらきらと輝く言葉に出会う瞬間が、この本にはいくつも用意されています。

 

 

09・小川洋子「博士の愛した数式」(2005年 新潮文庫)

「乱雑で秩序のない部屋だったが、居心地は悪くなかった。仕事机の下に落ちた大量の抜け毛を掃除機で吸い取っていても、崩れた書物の棚から、黴の生えたアイスキャンディーの棒やフライドチキンの骨が現れても、さほどぎょっとはしなかった。

たぶんそこに、かつて味わった経験のない種類の、静けさが宿っていたからだろうと思う。ただ単に物音がしないというのではなく、数の森をさ迷う時、博士の心を満たす沈黙が、抜け毛や黴に侵されることなく、幾重にも塗り込められているのだった。森の奥に隠れる湖のように、透明な沈黙だった。」

家政婦の「私」が新たに派遣されたのは、交通事故の後遺症で記憶が80分しかもたない、64歳の数論専門の元大学教員の家。毎朝訪ねるたびに、博士は挨拶代わりに「君の靴のサイズはいくつかね」と聞き、「24です」の返事に「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」と同じ反応を示します。外界との交流をほとんど絶った博士の唯一の仕事は、数学専門雑誌の懸賞問題を解くこと。そして、「数字は相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーでもあった」のです。
冒頭の引用文からは、数字以外のことには全く興味のない博士が部屋を散らかし放題にし、ごみもそのへんに放置したままで過ごしていることがわかります。また、そんな博士の部屋を掃除するのが家政婦の仕事であることはもちろんですが、「私」が単なる仕事を超えて博士に温かい目を注いでいることがうかがえます。当人を除くすべての人にとってごみ以外の何物でもなくても、そこに彼と共に存在する限り彼の世界の一部であることを、「私」はよく認識しています。
ただ、「私」が本当に博士と信頼関係を築けたのは、10歳の1人息子が放課後を博士の家で過ごすようになってからです。博士は息子をルートと名付け、勉強を見てやったりするようになります。母一人子一人で育ったルートも、新しい家族のように博士との関係を大切にします。3人でプロ野球の試合を見に行ったり、ルートの11回目の誕生日を3人で祝ったりするうちに、その絆は80分という記憶のリミットに負けない確かなものになります。もちろんその過程は試行錯誤の連続であり、ルートと「私」は困難に直面するたびに、博士とどうしたら気持ちを通じ合えるかを学んでいくのです。
熱烈な阪神ファンであった博士が事故に遭った当時、最大のヒーローは江夏豊でした。その背番号28に隠された秘密が説明される場面など、読者も「私」と一緒に数字の魔力と美しさに魅了されます。
愛をテーマとした物語とはいえ、その形は数字という一見無機質な記号を導きの糸にした非常に特殊なもので、若い男女のラブストーリーのような劇的、官能的な描写は当然ながら少しも見られません。小川洋子の筆致もあくまで端正かつ冷静で、静謐な空気が全編を支配しています。このような小説が第1回本屋大賞に選ばれ、10年以上にわたって多くの人に読み継がれていることに、この世界もまだまだ捨てたものじゃないという安堵を覚えます。

 

 

10・森絵都「風に舞いあがるビニールシート」(2009年 文春文庫)

「『あなたは怖いもの知らずの勇者でありたい。いつでもすべてを投げだしてフィールドへ飛んでいける身分でいたい。だから妻だとか家庭だとか子供だとか、そんなお荷物はまっぴらごめんなのよ。あなたが守らなきゃならないものも、あなたを守ろうとするものも』

『聞いてくれ、里佳。たしかにそれもあるかもしれない。でも、それだけじゃないんだ』
『ほかになにが?』
『ビニールシートが……』
『え?』
『風に舞いあがるビニールシートがあとを絶たないんだ』」

ビニールシートについて語り出したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の専門職員、エド。スーダン、ザイール、アフガンなどの紛争地域にどっぷりと入り込み、難民の保護や帰国支援を行う苛酷な仕事です。コソボから一時帰国したエドに、妻で同僚の里佳は次の勤務地にフィールドでなく東京事務所を希望してほしいと訴えます。エドの子供を産み、たとえ数年でも家族3人の温かい暮らしをしたかったからです。しかし、エドはそれを断ります。
ここでビニールシートに例えられているのは、難民たちです。エドはこう続けます。
「僕はいろんな国の難民キャンプで、ビニールシートみたいに軽々と吹きとばされていくものたちを見てきたんだ。人の命も、尊厳も、ささやかな幸福も、ビニールシートみたいに簡単に舞いあがり、もみくしゃになって飛ばされていくところを、さ。暴力的な風が吹いたとき、真っ先に飛ばされるのは弱い立場の人たちだ。(中略)だから僕は思うんだよ。自分の子供を育てる時間や労力があるのなら、すでに生まれた彼らのためにそれを捧げるべきだって」
離婚届にサインしたエドはコソボへ戻り、数年後、アフガンで銃を向けられた少女を庇って命を落とします。たった1枚の小さなビニールシートであっても、それが風に飛ばされてごみになることを防ぐのは全身全霊を賭けるに値する使命だったのだと思います。
ラストシーンでは、比喩ではない実物のビニールシートも登場します。エドを亡くして茫然自失の日々を送っていた里佳を励まそうと、上司や同僚が職場近くの公園で花見会を催したのです。満開の桜に包まれて「やはりこの国は平和でいい。平和ボケ万歳だ」と実感した里佳は、胸の中でこう祈ります。
「どうかこの美しさが、すばらしさが永遠に続きますように。彼らがその下に敷いたビニールシートをしっかりと大地に留め、荒ぶる風に抗いつづけますように――」
全編を通して直接的なごみは描かれていません。にも関わらず、いつも頭の片隅にこの物語をとどめておくことは、ごみ問題を考えるうえでとても重要なことだと考えるのです。1つは、本当はかけがえのない大切な存在なのに、大きくて目立つ力の前でついないがしろにされてしまうようなさまざまなもののメタファーとして、ごみを捉えることができるから。もう1つはもっと直截的に、難民問題とごみ問題は人間の本質の部分でつながっていると思えるからです。
直木賞を受賞した「風に舞いあがるビニールシート」は、6編からなる連作集。表題作以外もすべて、真摯に生きる人たちを淡々と、しかも慈愛に満ちたタッチで描いた胸に深く残る作品です。また、森絵都という作家は児童文学でも知られます。とりわけ「つきのふね」「宇宙のみなしご」は、こんなに美しくワクワクドキドキする物語世界があったのかと驚く、そして、この作品に巡り合えただけでも生まれてきて良かったとさえ思える名作です。文章力、構想力、取材力、感性、どれをとっても間違いなく近現代を通して日本を代表する作家であり、もっともっと多くの人に読まれてほしいと痛切に思います。

 

 

11・瀬尾まいこ「幸福な食卓」(2004年 講談社)

「クリスティーヌは簡単によろけて、変な声を挙げた。その声に直ちゃんが飛んできた。直ちゃんはクリスティーヌの悲しそうな顔を見ると、手近にあったゴミ箱を私に投げつけた。 『何するのよ』  朝っぱらから、ゴミ箱を投げつけられた私は頭に来て叫んだ。 『クリスティーヌをいじめるからだ』  直ちゃんはそう言いながらクリスティーヌを抱きかかえた。そんなに思い切り蹴飛ばしたわけじゃないのに。ゴミ箱はプラスティックで痛くはなかったけど、こんな目に遭わされることが悔しくて涙が出た。」

「私」は中学2年生の佐和子。直ちゃんは社会人の兄。クリスティーヌは兄が飼っている鶏(笑)です。5年前の梅雨どき、父が自殺未遂を起こして以来、佐和子は梅雨になると胃の痛みに襲われ食欲もなくなります。そんなある朝、何も食べず出かけようとする佐和子の足下をつつき回すクリスティーヌを、いらいらして思わず蹴飛ばしてしまい、それを見咎めた直ちゃんにゴミ箱を投げつけられるというのが、引用文の場面です。
こう書いていくと、完全に崩壊した険悪な雰囲気の家庭のように思ってしまいますが、実はとても仲のいい家族で、佐和子と直ちゃんが喧嘩したのも全編中この場面だけです。お母さんはお父さんの自殺未遂以来精神的に参ってしまい、今はアパートで独り暮らしをしていますが、毎日のように夕食を作って届けるなど、家族4人の絆はしっかり保たれています。 作品の冒頭で、お父さんは「今日で父さんを辞めようと思う」と宣言し、中学校教師を退職して薬剤師を目指すため受験勉強を始めます。なぜ彼が自殺しようとしたのかは明らかにされませんが、父としての役割を重荷に感じていたことが推察されます。とはいえ、父さんを辞めるとどうなるかは自分でもわかっておらず、せいぜい子供たちに「父さんじゃなくて弘さんと呼んでくれ」と頼むくらい。
むしろ作品を通して感じられるのは、家族4人とそれぞれの友人・恋人など関わりのある人たちに向けられる、お互いの温かいまなざしです。直ちゃんが恋人とうまくいかなくなったり、くじで学級委員になった佐和子がクラスをうまくまとめられなくて孤立したり、小さな波風が立っても、知恵を出し合い助け合うことで乗り切ります。最後の章では、佐和子の恋人・大浦くんの事故死という大きな悲劇が待ち受けていますが、彼女を絶望から救い出すのも家族や友人たちです。登場人物の1人ひとりが重いものを心の中に抱えており、それを無理に隠そうとせずときにはわがままな言動に出てしまうにも関わらず、読み終わった後には陽だまりのような心地よさが残ります。
引用文の場面、佐和子の体調不良とそれに起因する心理的な不安定さは、自分の意思ではコントロールしきれないもので、客観的に見れば心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言えるでしょう。佐和子がなぜ蹴ったりするのか、十分すぎるほどわかっているはずの直ちゃん。それでも思わずカッとして、怒りのはけ口に利用されたのが、たまたま足元にあったごみ箱です。プラスチック製で軽くて小さな、「くずかご」と呼ぶほうがいいようなごみ箱は、どこにでもあって周囲への悪影響を最小限にとどめつつ確実にストレスを発散できる、非常に便利な道具なのかも知れません。
ごみ箱(くずかご)は、どの家庭にも2つや3つは置いてあると思います。部屋ごとに1つというお宅も珍しくないでしょう。でもほとんどの場合、ごみ箱の数が多いほどごみの量も増えることになります。手近にあると、本来であればリサイクルできる紙切れなども、つい丸めて捨ててしまいやすくなるからです。プラスチック製容器包装の分別も不徹底になりがちです。多少面倒でも、ごみ箱の置き場所は1か所に集約し、その代わりその場で分別できるようにしておくといいでしょう。最近ではおしゃれなデザインの家庭用分別ボックスもたくさん売られています。

 

 

12・絲山秋子「アーリオ オーリオ」(2007年 講談社文庫『袋小路の男』所収)

「モニタに映し出されるクレーンは、広い海底に棲む巨大な蟹のように、気まぐれにごみバンカを撹拌している。ごみバンカから可燃ごみをすくい上げて炉の入り口のホッパへと移動するクレーンの動きは一見不規則に見えるが、全てコンピュータで制御されている。コンピュータのトラブルでもない限り、哲がクレーン制御室で手動制御を行うことはないが、異常がなくても毎日二回は機械の点検に行く。現場は常に気温プラス12度の暑さで、臭気もあるからことに夏はこたえる。しかし元来機械いじりが好きだった哲は、現場作業が嫌でたまらないということはなかった。」

清掃工場(ごみ焼却施設)に勤務する地方公務員が主人公という、非常に貴重な作品です。アラフォーで独身の松尾哲は5年前、区役所の下水道課から清掃工場に異動となりました。夜勤もある苛酷な職場ですが、根っからの理科系で地道な仕事が好きな哲はそれを苦にせず、むしろ楽しみながら働いているように見えます。 唯一の趣味は天体観測で、ある日、姪の美由を連れてプラネタリウムに行ったことをきっかけに、哲と美由の文通が始まります。美由はおしゃれな服や街に憧れるごく普通の女の子ですが、文通によって宇宙の神秘に関心を持つようになり、少しずつ広い世界へと目を見開いていきます。哲も、美由の「私が死んでしまっても世界はこのままなのでしょうか。宇宙もずっとあるんでしょうか」という質問を受けて、宇宙の終わりについて改めて考えを巡らせます。
引用文でもわかるように、本作品ではごみ焼却施設とそこで働く作業員たちの様子が非常に細密に描写されています。冒頭にもこんな記述があります。
「燃焼状況などの細かい異常を示す信号が出ても、哲は慌てずモニタを注視する。それが起こりつつある異常なのか、許容範囲内に納まっていく現象なのかを判断するためだ。薬品の投入などはコンピュータから指令するが、それでも解決できないトラブルやアクシデントの時は自分で現場に降りて機械の調整をする。」
引用文の「ごみバンカ」は「ごみピット」とも呼ばれ、収集車が積んできた可燃ごみを貯めておく場所です。可燃ごみと言っても生ごみ、紙、プラスチック、ある場合にはゴム製品や金属類なども混入しており、その性状は極めて雑多です。それぞれに燃焼温度も熱量も異なるので、できる限り安定的に燃焼させるため、ホッパへ投入する前にクレーンでピット内のごみを撹拌し、ごみの品質の均等化を図るのです。コンピュータ制御の技術は日々進歩していますが、それでも世帯ごと、日ごとにまったく内容物の異なるごみを相手にするわけですから、技術者の知恵と経験に頼る部分はまだまだたくさん残されています。本文中でも、「清掃工場に転属になった時、哲はこの職場では想像していたよりはるかに広範囲の知識と、職人的な技術が必要とされることを知った」と記されています。
哲の仕事とストーリーそのものは無関係のように思いますが、深読みすれば、ごみという極めて人間的な存在と宇宙という人間を超えた存在とを対比しているようにも感じられます。ごみの焼却とは、人間が作り出したさまざまな物質を、燃焼という化学反応によって二酸化炭素や水蒸気などの気体とカリウム、カルシウム、マグネシウムなどの固体に分離し、気体を空気中に放散することでごみを減量・減容する処理方法のことです。結局、人間が経済活動と称してやっていることは、作っては燃やして埋め立てることの繰り返しに過ぎない。だとすれば、地球は巨大なごみ箱と化しつつあるのではないか。そのごみ箱が満杯になったとき、地球だけでなく宇宙(少なくとも人間にとって認識可能な宇宙)という存在もなくなってしまうのではないか。あるいは、ごみを燃やす行為によって人間は、すべての物質が素粒子に分解されて虚空に漂う宇宙の終わりへの道程をシミュレーションしているのではないか――そんなことさえ考えさせてくれます。

 

 

13・湯本香樹実「岸辺の旅」(2012年 文春文庫)

「電気製品のコンセントをぜんぶ抜いて、冷蔵庫の中身はチョコレートなど持って行けるわずかなもの以外、すべてマンションのごみ置き場に出した。」

私(瑞希)の夫・優介は3年前に失踪したまま行方不明でしたが、ある夜更け、夫の好きだった「しらたま団子」を作っているとき、気が付くと部屋の隅に夫が佇んでいました。自分の体は海の底で蟹に食われてしまったが、長い時間をかけて旅をしながら戻ってきたという夫と私は、彼が帰って来た道を遡るルートで旅に出ます。引用文は、出発に際して部屋を整理する場面です。何日かかるか、あるいは帰ってこられるかもわからない旅。冷蔵庫の中身はすべてごみとして処分しました。
可燃ごみの約3割(重量比)は生ごみが占めると言われます。生ごみが増える原因の1つが、冷蔵庫に入れたまま使い忘れてしまう食品や、まだ大丈夫と思っているうちに腐ったり黴が生えてしまう食品です。腐ったり黴が生えたりしていなくても、消費期限や賞味期限が過ぎてしまったため廃棄するというケースも多いでしょう。このように、本来は食べられるのにごみとして捨ててしまうものを「食品ロス」といい、数年前に農水省が推計したところでは、家庭系、事業系を合わせて年間500~800万トンの食品ロスが発生しているとされます。この多い方の推計である800万トンという数字は、なんと年間の米生産量にほぼ匹敵します。日本中の農家の方たちが苦労してつくったお米をすべて捨てているのが、今の私たち日本人の食生活であるということになります。
さて本作は、死んだ優介と生きている瑞希が、旅で出会うさまざまな人と交流を重ねながら2人で生きてきた日々を見つめなおす物語です。そこに未来は存在せず、行く先にあるのは優介の完全なる死のみ。瑞希がたどったのは、彼の死を自らの怒り、悲しみ、悔恨などとともに丸ごと受け入れるための、魂の旅路だったのでしょう。晩秋の午後の陽光に包まれて、明るく透き通っていながら徐々に暖かさが失われていく、そんな空気が全編を通してゆっくりと流れ続けているように感じます。
湯本香樹実という作家は、「夏の庭」「ポプラの秋」にも見られるように、生の中の死を真摯に、しかしあくまでも柔らかな視点で捉えようとしています。本作には生と死、此岸と彼岸を交錯させることでこそ見えてくる、深い示唆に富んだ言葉がいくつも散りばめられています。たとえば、次のようなものです。
「忘れてしまえばいいのだ、一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日1日のためにだけ使い切る。そういう毎日を続けていくのだ、ふたりで。」 「あの頃、時間はひとつづきの一本の棒のようなものだった。それが今はどうだろう。いろいろな時間がそっくりそのまま、別々に存在している。(中略)私が生まれるよりずっと前の時間も、死んだ後の時間もぜんぶ含めて、今の今、何ひとつ損なわれてなどいないのだ。」
それと、本作で印象的なのは、死者を呼び戻すきっかけとなった「しらたま」です。瑞希は優介のために、旅先でも白玉粉を常備し、何度か作って食べさせます。しらたまはもち米を原料とする白玉粉から作るもので、言うまでもなく有機物ですが、なぜか有機物由来の匂いや味をいっさい感じさせない、つまりどこか「生」と隔絶したような儚さをまとった食べ物です。この物語にこれ以上ふさわしい食べ物はあり得ないし、これ以外にふさわしい食べ物は1つとしてない、そんな唯一無二の存在としてしらたまを登場させただけでも、この作者の卓越した感性がわかります。

 

 

14・椰月美智子「体育座りで、空を見上げて」(2011年、幻冬舎文庫)

「教室の床は思っていたよりもかなり汚く、中学校はそれこそゴミだらけだった。メガネをかけてよかったのは、卓球の球がよく見えることくらいだった。」

中学1年、卓球部の和光妙子(わっこ)は、視力の低下が限界にきたため、メガネをかけるようになりました。友人の正美が遠くから手を振ったのに気が付かず、わざと無視されたと勘違いした正美からしばらくのあいだ避けられるという辛い経験をしたからです。
メガネをかけて視界がはっきりすると、見えなくてもいいものまで見えてきてしまいます。小さなごみもその1つ。目をこらさないと見えないほどの小さなごみですから、塵(ちり)と言ったほうがいいかも知れません。ところでこの塵という言葉、「ちり」ではなく「じん」と読むと仏教用語になります。「六境すなわち感覚器官の対象である色,声,香,味,触,法のことで,真実の心性をけがすことから塵と呼ばれている」(コトバンク)そうです。ごみを片付けることとは、汚れをなくして真実の姿に近づくことなのだと、改めて気づかされます。 「中学校が汚い」という妙子の印象は、塵があちこちに散乱しているためだけではありません。別の箇所では「中学生という、微妙な年齢のヒトの身体からはがれ落ちる汚れが、そこかしこにこびりついている気がした」と言っています。子どもから大人への移行期は、もう子どもには戻れず、かといって大人にはなりきれない、自分が何者でもないという絶望感、無力感に苛まれやすい時期でもあります。
この作品は、1980年代前半の神奈川県の地方都市にある中学校を舞台に、どこにでもいそうな女の子の3年間を描いた物語です。友達と喧嘩したり仲直りしたり、淡い恋心を抱いたり好きでもない男の子から告白されたり、先生の理不尽さに憤ったり、父母の何気ない言葉に傷ついて怒りを爆発させたり。あらゆる外界の刺激をまっすぐ敏感に受け取れるからこそ、大人からは理解できないほど感情の振れ幅が大きくなる年代です。その不安定な揺れ続ける気持ちを、80年代の空気感とともにリアルに丁寧に掬い取っていて、笑えるシーンもたくさんあるのにどうしようもなく切なくなります。
こんな一節があります。
「最終的に私という人間は、西岡中3年9組の和光妙子というふうに落ち着く。ちっちゃいなあと思う。でも現実はものすごく大きくて、私は飲み込まれそうなんだ。息継ぎできずに泳いでいるみたいで苦しいんだ」
1人ひとりの心の中に大きな世界が広がっていて、その中に入り込もう、世界の一部になろうともがく自我が内在している。人間とはなんとやっかいで、素晴らしい生き物なのだろうと思います。
「微妙な年齢のヒトの身体からはがれ落ちる汚れ」を、妙子が3年間ですっかり洗い落としたかというと、そんなことはありません。大人になるというのはきっとそういうきれいごとではなくて、落としても落としてもついてくる汚れを受け入れたり、汚れを汚れに見えないように取り繕う術を習得することなのかな、と感じます。もしそうだとしても、妙子が3年間正直に不器用に、自分も周囲も傷つけたりしながらその汚れと向き合った経験と記憶は、何よりの宝物です。

 

 

15・魚住直子「未・フレンズ」(2007年 講談社文庫)

「ゴミ収集車だ。少し先をのどかな音楽を鳴らしながらのろのろと走っている。と、急に左端に寄って止まった。ガーッと音を立てて後ろのふたがあき、運転席から作業着を着た人が降りてきた。は最後の力をふりしぼってゴミ収集車まで一気に駆けた。そしてアルバムを持った手を振り上げる。」

中学3年の深澄は、買ったばかりのコンパクトカメラでクラスメイトのマキのスナップ写真を撮り、偶然知り合った鈴木という男にプリントを見せます。美大の学生だという鈴木は、絵のヒントを得るためその子の写真が欲しい、別のアングルの写真も撮ってほしいと頼みます。落ち着いた雰囲気で難しそうな話をする鈴木に好感を持った深澄は、言われるままにマキの写真を何枚も撮り、鈴木に渡します。ところがその写真は、成人雑誌の「女子中学生の生写真売ります」の広告に掲載されたのでした。深澄は早朝、まだ鈴木が寝ているところを見計らって彼のアパートに侵入し、生写真が綴じられたアルバムを奪い、気が付いた鈴木に追いかけられながらも、寸でのところでごみ収集車に投げ込んで、写真が売られるのを防ぎました。
 深澄の両親は数年前に2人で独立してIT企業を立ち上げ、仕事に没頭する毎日。特に母親は、「中学生になれば自立した生活をするのが当然」が持論で、いっさい食事を作ったりせずお金だけを与えて放任し、父親はそれに何の疑いも挟まず追認します。一人っ子の深澄は、必然的に夜間も町中へ出かけて外食をしたりぶらついたりすることが多くなり、鈴木と知り合ったのもそれがきっかけでした。
大人の醜さをいやというほど見せつけられ、中学校でも孤高を保ちますが、ある日タイから来た13歳の少女チュアンチャイと出会い、友情が芽生えます。出稼ぎのため一家で来日したものの、父親が失踪し母親が病に臥せっているチュアンチャイは、当たり前のように家事一切をこなし、学校には行けなくても「物を書く人になりたい」という夢を抱いて家事の合間に独学を続けます。
そんな深澄とチュアンチャイの交流がこの物語の中心軸です。後半、日に日に容態が悪くなっていくチュアンチャイの母親の入院費を捻出するため、深澄は親の経営する会社を脅迫するという強硬手段で100万円を用立てます。母親はそのおかげで入院できたものの、末期の肝炎のためほどなく息を引き取り、絶望したチュアンチャイが崖から飛び降りようとするのを深澄が止めようとして巻き添えになり、2人とも大怪我を負います。 やっと出会えた心の通じ合える友を助けるための、あまりにも愚直だけど何の打算もない深澄の行動が、読む者の胸を強く深く打ちます。特に、深澄が退院するシーンは涙なしでは読めませんでした。先に退院することになった深澄は、病室の窓から顔を出したチュアンチャイを元気づけようと、病院の中庭でめちゃくちゃなダンスを踊りながら「お願い、一度でいいから笑って!」と叫ぶのです。
タイへ帰るチュアンチャイを空港で見送るラストシーン、2人の絆はいったん切れかかりますが、深澄はお互いにもっともっと知り合いたいと思い直します。違う人間どうしなのだから、100%理解し合えないのは当たり前なのに、人はつい何でも分かり合えるのが親友だと勘違いし、少しでも秘密があったりすると許せなくなるものです。永遠に100%まではたどり着けないことをわかったうえで、なおお互いにゆっくりと無理せずそこを目指そうとすることこそ友情なのだと、この作品は教えてくれます。
この作家には他に、「非・バランス」「超・ハーモニー」という、タイトルからして「未・フレンズ」とともに三部作のように考えられる作品があります。「非・バランス」は、小学校時代にいじめられた体験のため、中学校では「クールに生きていく」「友だちはつくらない」をモットーに過ごす中学2年生の「私」が主人公。ふとしたきっかけで出会った15歳上のサラさん、小学校時代の「私」と同じ苦悩に直面する同級生・みずえとの交流を通じて、少しずつ頑なな心が開かれていきます。「超・ハーモニー」は、有名私立中に入ったものの勉強についていけず悩む響と、その兄・祐一をめぐる物語。7年前に失踪した兄は、ある日突然「おカマ」の姿で戻ってきます。両親は冷ややかな目で祐一を遇し、響も当初は兄との関わりを避けていましたが、次第にその「辛くても自分に嘘つかない生き方」を受け入れるようになります。3作品とも、読みながら自分の奥深くに幽閉した傷や罪の意識に触れられるような痛み、苦しさを覚えますが、最後はかすかな光を見出し、痛みや苦しさとともにまるごと作品世界に浸っていたいと思わされます。
ごみの話も少ししましょう。引用文のごみ収集車はパッカー車と呼ばれるものです。車の後部にふたがついていて、開けるとごみの投入口になっています。入り口の部分には回転板があり、そこでごみをプレスしながら押し込んでいく仕組みです。その圧力は相当なもので、木製の家具などはベキベキと激しい音を立てながら軽々と粉砕・減容します。パッカー車の普及の歴史は高度経済背長と軌を一にしています。ごみの量が加速度的に増え、ごみの質も多様化し、特にかさばるプラスチックごみの割合が高まるにしたがって、圧縮装置のついたごみ収集車は自治体にとって不可欠のものになっていきました。
近年はごみ処理関連施設が、子供たちの環境学習の教材として注目され、焼却施設見学を行う小学校も増えています。なかには、ごみ収集車の投入口にごみ袋を投げ入れる作業を子どもたちに体験してもらうコーナーを設けている自治体もあります。

 

 

16・梨木香歩「西の魔女が死んだ」(2001年 新潮文庫)

「今日は表の道路に清掃車が来る日ですから、まいも部屋にゴミがあったら持っていらっしゃい」
 おばあちゃんに言われて、まいは部屋からくず入れを取ってきた。
「普通の白い紙は捨てないでね。カラー印刷のしてある紙やプラスティック、ビニール製品はこの箱に入れてちょうだい」
「普通の白い紙って、こういうの?」
 まいは書き損じのルーズリーフを見せた。
「そう、焚き付けにしますから」
 おばあちゃんのうちのゴミは、まいのうちのゴミの量の5分の1ぐらいしかなかった。まいはそれを持って、表の道路に出しにいった。

中学1年生になったばかりの「まい」は、「私に苦痛を与える場でしかない」と早々に学校を見切り、大好きな田舎のおばあちゃんの家でしばらく過ごすことになりました。仲良しグループに入って自分を抑えながら付き合うことが、急に浅ましく卑しいことに思えて、クラスで孤立してしまったのでした。お母さんは仕事を持ち、お父さんは単身赴任。3人家族はいったんバラバラになります。
おばあちゃんはイギリス人で、英語教師として日本に赴任し、おじいちゃんと結婚してそのまま日本に住みつきました。まいはおばあちゃんの家で、野イチゴを摘んでジャムを作ったり、鶏の世話をしたり、手洗いでの洗濯を手伝ったり。可愛がっていた鶏たちがある朝、獣か何かに襲われて全滅していたという悲しい経験もします。うちは魔女の家系なのだというおばあちゃんの話に惹かれ、自分も超能力を持とうと、そのための基礎トレーニングと称して早寝早起き・規則正しい生活にも挑戦。生きるエネルギーを体に蓄えながら、生と死の問題にも向き合うようになります。
おばあちゃんは、いつまでもこの家で暮らしたらいいと言ってくれました。しかし、「お母さんが仕事を辞めていいと言うから、まいも転校してお父さんのところへ引っ越して3人で暮らそう」というお父さんの提案を受け入れ、まいは1か月あまりの滞在を終えて町へ戻ります。新しい学校での毎日を、自分なりの魔女修行だと考えたのです。
まいはその後、おばあちゃんに会いに行く機会を逃したまま、2年後に突然おばあちゃんが亡くなります。葬儀のため向かった懐かしい家で、まいは会わなかった2年間もおばあちゃんの溢れる愛に包まれていたことを発見します。タイトルの「西の魔女」はもちろんおばあちゃんのことですが、それは超能力を持つ超人的な存在ではなく、自分を大切にしながらいつも愛する人たちのことを遠くからでも思い続けられる人のことを指しているのだと思います。それほど長くはなく、とても読みやすいにも関わらず、さまざまな読み解き方ができそうな素敵な作品です。
引用文の場面、おばあちゃんの家にはかまどがあり、薪に火をつけるのに紙を利用しています。カラー印刷のしてある紙を焚き付けに使わないのは、そのような紙には顔料などを塗工した紙(アート紙やコート紙)が多く、カラーインクも使われているので、燃やしたときに化学物質が生成されるのを嫌ったのでしょう。自然と仲良しでその恵みを最大限に活用して暮らすことも、いわば「魔女」の条件。ですからおばあちゃんは、空気を少しでも汚すようなことはしたくないのです。
紙10kgを燃やすと約16kgの二酸化炭素が発生すると言われます。燃焼という酸化反応により、紙10kgに酸素12kgが結びつき、二酸化炭素16kgと水蒸気6kgができるというわけです。ただし、紙は植物由来の資源で、もともと植物の中に吸収・蓄積していた炭素が排出されたと考えられるので、カーボンニュートラルであり、温室効果ガスの排出量には加算されません。とはいえ、紙は良質な再生資源ですから、焚き付けに使う最小限度の紙以外はリサイクルに出すといいでしょう。また、カラー印刷のしてある紙は引用文ではプラスチックなどと一緒にごみに出されましたが、このような紙も再生紙原料としてリサイクルできます。
おばあちゃんの家から出るごみ(可燃ごみのことと思われます)は、まいの家の5分の1ほど。自然に囲まれた広大な家ですから、生ごみは当然自家処理でしょう。菜園で野菜も育てているし、ジャムなどの保存食も自家製ですから、買い物の量も少ないと思われます。自然に寄り添った暮らしほどごみの量は少ないということが、この引用文からもよくわかります。

 

17・三浦しをん「月魚」(2004年 角川文庫)

「瀬名垣の父親は、いわゆる『せどり屋』だった。古本屋で十把一絡げで売っている本の中から、少しでも価値のありそうなものを買い、その分野を専門で扱う別の古本屋に売り飛ばす。また、廃棄場に忍び込み、まだ店頭に並べられる本を掘り起こし、何食わぬ顔をして古本屋に売りに行く。その微々たる上がりで生活するのだ。もちろんある程度の古本の知識は必要だが、だいたいは元締めがいて、その男の言うとおりに動くだけだ。当然、古本屋はそういうお客からは本を買い取りたくない。しかし一応客なのだから、無下にすることもできない。ゴミを漁り、後ろ暗い経路で手に入れた本を売る輩、と業界でいい顔はされなかった。」

瀬名垣太一は、「せどり屋」と蔑まれながら懸命に業界で生き抜こうとする父のもとで、幼い頃から古書に親しんできました。親子で業界の老舗・無窮堂に足繁く通い、教えを乞ううちに、無窮堂の将来の跡継ぎ・本田真志喜と親しくなります。しかしある日、真志喜の父親が捨て本として書庫に積んでおいて古本の山の中から、太一が世の中に一冊しかない伝説の稀覯本を発見。価値を見抜けなかった真志喜の父親は、その日以来家族を捨てて行方をくらましてしまいます。太一の父親も、息子が無窮堂に対して恩を仇で返したという罪悪感に苛まれ、古書業界から身を引きます。ただ太一と真志喜は、半年のブランクを経て付き合いを復活させます。
物語はこの事件から十数年を経て、無窮堂の三代目店主となった真志喜、店舗は持たず卸専門で古書を扱う太一の2人を中心に展開します。「亡くなった主人の蔵書を売りたい」との依頼で、ある地方の旧家に買い付けに訪れた際、財産の処分を未亡人だけに任せておきたくない親類が集まりました。その1人は、近在の古本屋も呼んで鑑定してもらい、値段の高い方に売ることを提案。2人はその屈辱的な案をやむなく受け入れますが、やってきた地元の古本屋とは、行方不明だった真志喜の父親でした。
古書業界という一見地味な舞台設定にも関わらず、綿密な取材に基づく興味深い業界の裏側の描写、五感に訴える瑞々しく鮮やかな表現、端正でわかりやすい文体のおかげで、静かな空気の中にも人間の生の息吹が躍動する素晴らしい作品に仕上がっています。特に、真志喜の父親と2人の鑑定対決は見ものです。
引用文についてですが、一般家庭の蔵書を売ろうとしてもその8~9割は古書としての価値はゼロです。残り1~2割の本と抱き合わせで古本屋が引き取り、100円均一コーナーに出されることもありますが、そのような本は次々に入荷する一方で在庫スペースにも限りがあるので、日々多くの本が廃棄→リサイクルに回されることになります。
折れや汚れが目立ったり書き込みの多い本は、古本屋でも引き取れませんので、古紙回収に出すのがいちばんです。「新聞」「雑誌」「段ボール」「紙パック」が古紙の基本4品目で、単行本・文庫本などは雑誌に分類されます。日本製紙(株)のホームページでは、次のように排出の際のアドバイスが記されています。
・束ねる前に、ビニール・粘着テープ・金属・プラスチックなど「紙でないもの」を取り除く。
・雑誌は「ファッション雑誌・マンガ雑誌などの月刊誌・週刊誌類」と「単行本・文庫本などの書籍類」というグループに分け、別個に束ねると束ねやすい。(同じ種類・同じ大きさのものを集めてまとめる!)
・運搬の途中でくずれないよう、しっかりと紙ひもで縛る。(紙ひもが望ましい)
各家庭から出された古紙は、その後、業者によって更に選別され原料として梱包されます。古紙の種類毎にしっかり束ねられていることは、とても重要なのです。

 

18・スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り」(2011年 岩波現代文庫)

「面と向かって撃つはめになったんだ。母イヌは部屋のまんなか、まわりに子イヌたち。おれに飛びかかってきたもんだから、すぐにぶっぱなした。子イヌたちはおれの手をペロペロなめて甘える。じゃれつくんだ。一匹の小さいプードルが、いまだに哀れでならない。そいつらをダンプカーに山盛りに積みあげて、〈放射性廃棄物埋設地〉に運んでいく。じつをいえば、ただの深い穴なんです。地下水に届かないように掘って底にシートを敷けとか、高い場所を探せと指示されていた。でもこんなこと、おわかりだと思うが、だれも守っちゃいませんでしたよ。シートはなかったし、場所もさっさと決めたもんです。ダンプカーから穴の中へ落としたが、このプードルはよろよろとよじ登ろうとする。おれたち、だれにももう弾が残っていなかった。とどめがさせない。一発の弾もないんだから。そいつを穴に突き落とし、土をかぶせた。いまだにかわいそうだよ」

父がウクライナ人、母がベラルーシ人という著者(2015年ノーベル文学賞受賞)が、チェルノブイリ原発事故から10年をかけて約300人にも上る人々の体験したこと、見たこと、感じたこと、考えたことを聞き書きしたドキュメンタリー文学作品です。
チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日に発生しました。事故が起こった4号炉は操業休止中で、外部電源喪失を想定した非常用発電系統の実験中、制御不能に陥って、炉心溶融・爆発したということです。爆発に伴う火災の消火活動は難航し、約10日間にわたって大量の放射性物資の放出が続きました。その量は広島原爆の400倍といわれます。事故原因については、施設そのものの構造的欠陥、実験のため安全装置が解除されていたこと、運転員の操作ミスなど、いくつもの要因が複合して起こったものと考えられています。
本書に登場する人たちのプロフィールはさまざま。現場で事故処理に当たった作業員や兵士、その妻、サマショール(立ち入り禁止区域に自らの意志で戻り暮らす人)、医師、科学者、子供たち、そして名前を明かさない(明かせない)人たち……。
必要以上に文章を整えず、繰り言もジョークも叫びも笑いも沈黙も丁寧に写し取るその文体が、一人ひとりの生を重く鮮やかに描き出します。読む者を立ち止まらせ考えさせずにはおかない言葉が随所に散りばめられています。たとえば、
「ご主人は人間じゃないの。原子炉なのよ」(消火作業に従事し、その後発病した消防士の妻が、入院する病院の看護師から言われた言葉)
「人間は英雄じゃない。ぼくらはみんな終末思想を売って歩いてるんです」(事故現場を取材したカメラマン)
「畑で採れたキュウリをすてることのほうが、チェルノブイリよりも大問題なんです」(地元で暮らす女性教師)
「私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とは言わなかった。(中略)でもこれは〈私〉よ!〈私〉は死にたくない。〈私〉はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは〈私〉を語ることを学び始めたのです」(モギリョフ女性委員会「チェルノブイリの子どもたち」代表)
フクシマを経験した私たち日本人だからこそ、チェルノブイリを自分事として捉えなおさないといけない、そう強く思いました。
引用文についてですが、あらゆるものが高濃度・広範囲に放射能で汚染された原発周辺地域では、たくさんの放射性廃棄物埋設地が造られました。放射能が拡散しないよう、また埋設物が地下水を汚染しないよう、当時のソ連政府は一応の設置基準を示しましたが、その基準を守らせるための管理がほとんどなされていなかったことがわかります。
発電所から30km圏内に住む人々は移住を余儀なくされ、残されたペットや家畜たちは銃で撃たれて、放射性廃棄物として処理されました。事故処理に使われたヘリコプターや消防車なども埋設地に捨てられましたが、それらがいつの間にか持ち去られ、市場に出されていたという証言も本書で紹介されています。放射性物質の制御が不可能になったとき、その被害がどれだけ広範囲に及び果てしなく広がっていくかを、こうしたエピソードが表しています。
日本では、廃棄物に関する最も包括的・基本的な法律として廃棄物処理法がありますが、放射性廃棄物はその管轄外。原子力発電所から発生する放射性廃棄物の管理などについては、原子炉等規制法に基づいて行われます。とはいえ同法では、廃棄事業については政令の定めるところにより原子力規制委員会の許可を受けなければならないと規定しているのみ。もちろん、福島原発事故のような大規模な放射性廃棄物の発生は想定外でした。事故を受けて放射性物質汚染対処特別措置法が制定され、特定廃棄物という新たな概念が導入されました。
特定廃棄物は、対策地域内廃棄物と指定廃棄物からなります。放射能汚染により特別な廃棄物管理が必要と認めた地域を環境大臣が指定し、その地域から発生する廃棄物を対策地域内廃棄物といいます。また、一定の水道事業者、下水道管理者、廃棄物処理施設管理者等による調査に基づき、同様に特別な管理が必要と認めた廃棄物を環境大臣が指定することとしており、これを指定廃棄物といいます。特定廃棄物の処理は国が行うと定められています。現在、福島県富岡町にある最終処分場「フクシマエコテック」などにおいて、特定廃棄物の受け入れ・処分が行われています。

 

19・山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(2012年 新潮文庫)

「たまプラーザは整備された街で、桜や花水木やユリノキが街路樹として植えられ、汚れたところがどこにもない。『緑を大切に』『暮らしよい街づくり』という看板があちらこちらに立っていて、実際にその通りの街並みである。公園にも、ごみ捨て場にも、きれいな花が咲いている。」

働きながら小説家を目指す「私」(墨田栞)と、大学時代の先輩である恋人の紙川との関係を縦軸にストーリーが展開する、自伝的な作品です。世間や常識に囚われることなくしっかりとした目標を持ち、その実現に向けて努力を怠らない栞と、男としてのプライドが高く社会的地位を重視する紙川。2人の考え方のすれ違いや対立を起点として、話は社会の矛盾や男女のあり方、ときには人間の本質論へと、縦横無尽に展開していきます。主人公の生硬な主張や考え方を敢えてそこここに放り込むことで、作者は意識的に物語の流れを遮断し、恋愛小説や青春小説として読まれることを拒否しているように見えます。たとえば、こんな言葉たちです。
「現代社会に合わせて人生設計を立てるなんて、ばかだ。社会というのは、これから作るものだ」
「人と人は、関係がない。誰も、誰からも必要とされていない。必要性がないのに、その人がそこにいるだけで嬉しくなってしまうのが、愛なのではないか」
「この世には、ぶっ倒れてもセーフティネットがある。(中略)二人が好き合っていたのではなく、世界から二人が好かれていただけだったのだ」
「言葉は、社会の中を流れている。言葉には美とユーモアがあるだけで、意味というものは存在しない。耳をすましていれば、語彙は増える。言葉なんてただの道具で、面白いだけだ」
「手や目で感じることに集中したい。外界に興味がある。内面には無関心でいたい。(中略)自分をなくし、作品性だけを社会に溶け込ませてみたい」
「もっとゆるやかな線で人と繋がりたいのだ。百万葉のクローバーになりたい」
「身近な人でなく、遠くにいる、会ったことのない人の感受性を信じて、言葉を発信する」
「人間は遺伝子の乗り物というだけでなく、文化の乗り物でもあるのだ」
非常に読みやすく親しみやすい文体で、モチーフも身近なものが多いにも関わらず、社会に開かれたメッセージ性、世界を見つめる入り口としての文学というものを強く意識している点で、他の若手女性作家とは明らかに一線を画しています。
引用文に出てくるたまプラーザは、栞と紙川が通った大学がある場所であり、二人が一時期一緒に住んでいた地でもあります。新しい世代によって作り上げられ、今なおさらに明るい未来を信じて変化し続ける、栞のエネルギーを受け止めるのにふさわしい街です。「ごみ捨て場」とは、おそらく道路脇やマンションの出入り口に設けられたごみステーションのことだと思われます。ステーションを囲うちょっとした地面に草花や低木が植えられたり、季節の花を寄せ植えしたプランターが置かれたりしているのでしょう。
道路沿いを花で飾るとごみのポイ捨てが目に見えて少なくなるというのは、各地で実際に経験していることです。地域の自治会・町内会や女性団体が、花いっぱい運動を展開している例があちこちに見られます。それは、美しく心を癒される景観づくりのためであると同時に、ごみ対策という面も併せ持っているのです。

 

20・村上春樹「騎士団長殺し」(2017年 新潮社)

「肉と魚と野菜、牛乳と豆腐、目についたものを片端からカートに放り込んで、レジに並んで勘定を払った。トートバッグを持参し、レジ袋はいらないと告げることによって五円を節約した。」

『1Q84』から7年、待ちかねた書下ろし本格長編――こんな惹句が帯に踊るも村上春樹の最新作です。「次はどうなるんだろう」「これとこれはどう結びつくんだろう」とワクワクドキドキしながら最後まで一気に読ませるストーリーの面白さは、さすがです。突飛でお洒落でとぼけた味のある明喩の多用も、この人ならでは。
第1部と第2部合わせて1000ページ以上の大著も、寝る間を惜しんで読み切ってしまいました。特に今回の作品は、かなりすんなりと読めるのが特徴です。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のように2つの世界を並行的に描いたり、『1Q84』のように2人の視点を交互に交えたりといった技巧を凝らさず、終始「私」の視点で、しかもほぼ時系列的に記述されています。
とはいえ、決してストーリーが単純だというわけではありません。これも村上春樹の持ち味だと思いますが、歴史軸と空間軸を日常の描写の背後にいつも感じさせることで、奥行きのある世界を紡ぎ出しています。本を読むことの楽しさをこれほど感じさせてくれる作家は、やはり稀有だと思います。
肖像画家の「私」は、妻から突然別れを告げられ、友人の父親が住んでいた小田原郊外の山中の家に1人で住むことになりました。その友人の父親は、雨田具彦という高名な日本画家ですが、認知症が進行し、施設に入ったため空き家となったのです。「私」はある日、屋根裏で雨田具彦が描いた「騎士団長殺し」というタイトルの絵を見つけます。具彦の経歴を調べるうちに、オーストリアがナチスドイツに併合された1938年、彼がウィーンに留学していてナチス高官暗殺未遂事件に巻き込まれたことを知ります。「私」は「騎士団長殺し」の絵が、その事件と密接に関わって誰かに何らかのメッセージを残すため描かれたのではないかと推測します。そしてこの絵が触媒となり、「私」の周りには次々と不思議な事件が起こって……。物語は日常と非日常・非現実が交錯しながら、スリリングに進んでいきます。
「日常と非日常」と書きましたが、このうち「日常」の象徴とも言えるのが、ごみをめぐる記述です。引用文は物語の最終盤、「私」がスーパーに買い出しに行ったときの描写で、マイバッグを持参してレジ袋を断ったため5円の値引きをしてもらったことが記されています。環境省の資料によれば、日本では年間約300億枚のレジ袋が使用されており、プラスチックごみの約15%をレジ袋が占めています。家庭でごみ袋代わりなどにも使われるレジ袋ですが、利用法にも限度があり、その多くは1回しか使われないままごみになっているのです。
近年では、店舗、消費者団体、行政が三者協定を結び、当該自治体のすべてのスーパーでレジ袋を有料化するという取り組みが進んでいます。レジ袋有料化の効果は絶大で、多くのケースでは有料化によってマイバッグ持参率が7~8割まで向上します。ただ、スーパーの足並みが揃わなかったり市民の合意ができていない地域では、個々のスーパーが引用文のようにマイバッグ持参者に対して値引きをしたり、ポイントを付与したりするサービスを行っています。
なお、この作品には引用文以外でもごみがけっこう頻繁に登場します。たとえば次のような記述です。
「その人がゴミの集積場にゴミを出しに行ったり、あるいは近所のスーパーに買い物に行ったりすると、そこには近所のお宅の奥さんがいて、自然に会話が生まれる」
「遠くの方からゴミ収集車の流すメロディーが風に乗って微かに聞こえてきた」
「昨日が月曜日で、瓶と缶のゴミを出す日でしたから、今日は間違いなく火曜日です」
主人公をはじめとする登場人物の日常を描くうえで、ごみは欠かせない要素であることがわかります。
敢えて本作品に注文をつけると、細部の整合性などに対する疑問点というか「これはどうして」「これはどうなったの」と思うようなすっきりしない点がいくつか残ったのも事実です。それは村上春樹の他の作品でも感じることがあるのですが、『ねじまき鳥クロニクル』や『海辺のカフカ』などの場合は、はっきりしない点があっても読者に解釈を任せる余白として捉えることができました。でも本作の場合、何か詰め切れていないような、もっと別の展開があってもいいような、そんな物足りなさを感じてしまうのです。でも、そういった点をひっくるめてもとても面白い本です。一読の価値は十分すぎるくらいあります。

 

21・森絵都「みかづき」(2016年 集英社)

「幼いころに両親が離婚した。父親が無職で養育費ももらえなかったため、それ以降は母親が働けども働けども暮らしは楽にならなかった。なんとしても公立高校に合格するため、中学時代は教師たちの顔色ばかりうかがう毎日で、そんな自分がいやでたまらず、拒食と過食をくりかえしたこともあった。こんなことでは早死にしてしまう。高校合格が発表された日、もう二度といい子なんか演じない、浮いてもいいから自分を殺さずに長生きしようと誓った。その誓いを守るため、それなりの犠牲を払い、一時は周囲から孤立し、それでも負けじと新しい人間関係を一から構築して『今に至るわけです』。乾いた声色でヘビーな身の上を語りながら、阿里はちりとりをゴミ箱へ運び、固まったまま動かない一郎をせかした。」

学習塾という存在を真正面から扱うことで、戦後の日本教育の問題点に深く斬り込んだ力作です。主人公は、千葉県の小学校で用務員として勤めていた大島吾郎。高校中退後まだ3年目で若いこともあり、よく子どもたちの遊び相手をしていましたが、あるとき「勉強がわからない」と泣きつかれたことをきっかけに、放課後用務員室に集まってくる子どもたちに勉強を教えるようになります。そんな子どもの1人であった赤坂蕗子の母親・千明にその腕を見込まれ、2人で塾(当時は「勉強教室」が一般的な呼称だったそうです)を始めることになります。昭和37年のことです。
引用文は、吾郎の孫・上田一郎がボランティアで始めた、家庭の貧困などが理由で学校の勉強についていけなくなった子どものための勉強会の場面です。会が終わった後、ボランティアスタッフの阿里が机に散らかった消しゴムのかすをかたづけながら、内申書に縛られていい子を演じざるを得なかった中学生時代のことを打ち明けます。
消し“ゴム”といっても、今はほとんどがプラスチック製です。プラスチックにもいろいろな種類がありますが、消しゴムに使われるのはポリ塩化ビニル(PVC)で、これにフタル酸系可塑剤を加えて軟質に固めています。PVCは燃やすとダイオキシンが発生するなど、環境への影響が大きいことから、近年はPVCフリー(非塩化ビニル)の消しゴムも開発されています。PVCフリー消しゴムに関する情報は、「エコ商品ねっと」などのサイトで見ることができます。

 

22・アントニオ・G・イトゥルベ「アウシュヴィッツの図書係」(2016年 集英社 小原京子訳)

「それは死体で溢れる巨大な穴だった。底の方の死体は焼かれ、上の方は何層にもごちゃ混ぜに積み重なり、腕、頭、黄色っぽい皮膚が見えている。ここでは、死は一切の尊厳を失い、人間はただの残骸になり果てている。
ディタは胃液が逆流するのを感じた。これまで自分が信じてきたものが音を立てて崩れ去っていく。
私たちの存在って何? 腐敗していく肉の塊でしかないの? 単なる原子の集まり?
何度もそこに来たことのある者でさえ動揺しているのがわかる。帰り道では誰も口をきかなかった。こういう死を目の当たりにすれば、「命は神聖なもの」というそれまで信じてきた考えが根底から覆される。
数時間前まで生きていた人間が、まるでごみのように穴に投げ入れられる。作業員のハンカチは腐臭に耐えるためではなく、顔を隠すためではないかとディタは思った。人間をごみとして処理するのを恥じているのだ。」

チェコ出身のユダヤ人少女ディタがいるのは、ベルゲン=ベルゼン強制収容所。ほんの少し前、アウシュヴィッツ強制収容所から移送されてきました。アウシュヴィッツと違ってガス室はありませんが、その代わりろくな食事も与えられず、自然に死を待つだけの日々が待っていました。毎日何人もが亡くなり、それを看守から指名された4人の囚人が、1人ずつ両手足を持って運び出します。ある日、初めてディタにその役目が回ってきたのが、引用文の場面です。
この作品はルポルタージュではなくあくまで小説であり、細部は著者の創作になる部分も少なからずあるようですが、基本的なストーリーや登場人物は実話です。引用部分の描写も本当にあったことだと考えていいでしょう。国境や人種を超えてあらゆる人間社会を貫く最低限の価値観として機能していたはずのもの――人間の尊厳という理念――が、ナチスの支配する強制収容所の中では全くの無になります。ここで使われている「ごみ」という言葉は、人間の存在価値そのものを信じられなくなったディタの絶望を象徴しているように思えます。 アウシュヴィッツ強制収容所に連行されたユダヤ人たちは、普通なら労働力となり得る男性だけが選別され、他のすべての女性や子供や老人は即刻ガス室に送られて死を迎えます。しかし、1943年9月と12月にアウシュヴィツ・ビルケナウ収容所(第2強制収容所)へ送り込まれた一団のみ、全員が生かされ家族収容所で生活することになりました。彼らはそこで秘密裏に学校をつくり、教師たちは隠し持っていたわずか8冊の本を使って授業を行います。朝になったらそれらの本を配り、授業が終わったら秘密の場所へ隠すのが、図書係の少女ディタの役割です。 その8冊がどんな本かというと、『幾何学入門』だったり『世界史概観』だったり、あるいは『兵士シュヴェイクの冒険』……。でも、どんな本かは関係ありません。「本」という存在自体を、ナチスは徹底的に排除しようとします。なぜか。文中にこんな表現があります。
「彼らはその手に、アウシュヴィッツで固く禁じられているものを持っていて、見つかれば処刑されてもおかしくない。それは銃でも、剣でも、刃物でも、鈍器でもない。第三帝国の冷酷な看守たちがそこまで恐れているもの、それはただの本だ。(中略)本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ。」
そんな「危険」極まりない8冊の本を、ディタは文字通り命がけで守り抜きます。
こんな言葉もあります。
「本は、テストや勉強、面倒な宿題を連想させるが、同時に鉄条網も恐怖もない暮らしの象徴でもある。怒られないと本を開かなかった子どもたちが、今はそれを仲間だと認識している。ナチスが禁止するなら、本は彼らの味方ということなのだ。」
人間という存在の美しさと強さと醜さと罪深さを、これほど痛切に描いた作品があったでしょうか。そして、本というメディアの持つ果てしない力を、これほど鮮やかに浮かび上がらせた作品があったでしょうか。世界中の一人でも多くの人に読んでほしいと、心から願わずにいられない作品です。
なお、現代の日本で亡くなった方の遺骸はほとんど火葬に付されています。「墓地、埋葬等に関する法律」は土葬を禁じているわけではありませんが、各自治体の条例や内規で禁止されている場合がほとんどのようです。火葬後、遺骨は遺族に引き渡されますが、それは一部であり、火葬場全体としては毎日けっこうな量の残骨や骨灰が発生することになります。その扱いですが、法的な位置づけはあいまいなようです。「環境新聞」(環境新聞社発行)によると、廃棄物処理法の対象外で、専門の業者が不純物を選別した後、寺院等で埋葬供養を行っているとのことです。

 


 

23・吉本ばなな「哀しい予感」(1991年 角川文庫

私はあきらめて、言われた通りにその重いつぼを持って家の裏に回った。ひざまで来る濡れた雑草をかきわけ、はじめてあの廃屋のような家の反対側をきちんと見た。ひどいものだった。おまけに裏にはおばが今まで「なかったことにした」ものがぞっとするほどたくさん、積み上げられて雨に打たれていた。あらゆるものがあった。どれだけ昔からの粗大ゴミをそこに捨てたのか見当もつかなかった。どうやって運んだのか学習机や、古いぬいぐるみの類まであった。2度と目に入らないように、そしていろいろいなことを考えてしまわないようにほとんどめくらめっぽうに投げられている。

19歳の弥生は、両親と弟との4人家族。明るく仲の良い家族に囲まれて幸せに暮らしていますが、あるときふと思い立って家出し、私立高校の音楽教師で1人暮らしのおば・ゆきのの家に転がり込みます。平穏な生活の中でときおり不安になるのは、幼少時の記憶がすっぽり欠落していること。その記憶を呼び覚まそうとするたびに、哀しい予感が胸の中に溢れてきて、このままの自分ではいられなくなります。以前からも、何か考えごとがあると数日の家出をするという経験が何度かありましたが、ゆきのを頼ったのは今回が初めて。それは、例の「哀しい予感」とゆきのがどこかでつながっているように思えたからにほかなりません。
引用文は、ゆきのの家の玄関先に置かれていた傘入れ用の大きな壺が、粗大ごみとなってしまう場面です。弥生が自分の傘をその壺に挿しておいたところ、ある雨の朝それを取り出すと、折からの梅雨の湿気で傘一面にカビが生えていました。慌ててゆきのを呼んだら、壺ごと「なかったことにして」、裏庭に捨ててしまうようにと言いつけられたのです。壺は陶器製でしょうから、裏庭に捨てたからといっていつまで経っても分解して土に還ったりはしません。
こうした粗大ごみは、今では多くの自治体で有料による分別収集が行われています。収集してからの処理法は、自治体の持つ設備によって異なってきます。最も手間がかからないのはそのまま最終処分場に運搬して埋め立ててしまう方法ですが、最終処分場の残余年数があと20年ほどと逼迫している現在では、そういった乱暴な処理はほとんど行われなくなりました。一般的なのは、破砕施設に運搬して大型の機械で破砕処理(=減容)したうえで埋め立てる方法です。その前の段階で、家具や自転車などまだ使えるものや修理すれば使えるものを選別し、必要な修理をほどこしたうえで市民に無償あるいは格安で譲渡している自治体も少なくありません。また、破砕処理したうえで金属などを回収し、資源化しているところもあります。
埋立量をできる限り減らすことはごみ処理の上で最も喫緊の課題なので、次のような「粗大ごみの3R+1」を心がけたいものです。①リデュース=まず粗大ごみをできるだけ出さないこと(しっかり作られたものを選んで買い、それを袋瀬に長く使うこと)、②リユース=まだ使えるものはごみにせず誰かに使ってもらうこと、③リサイクル=資源化できるものは選別してリサイクルルートに乗せること、④どうしても最終処分するしかないものは、無害化・減容したうえで埋め立てること。さらに言えば、①のもっと前の段階、つまり製造段階で、使い終わった後にリサイクルできない原材料は最初から使用しないこと、複合素材はできるだけ使わないこと、どうしても複合素材を使う場合は後で分離しやすい構造にすることが求められます。いわゆる「クリーン・プロダクション」の考え方です。
引用文に戻ると、本来あるべき適切な処理をせず裏庭に放置して済ませる、つまり「とりあえず目の前から消して、なかったことにする」というごみ処理の仕方は、ゆきのの性格を如実に表すエピソードとして非常に重要です。それはもちろん、きちんと片付けられない、だらしないという負の側面も意味しますが、弥生はどちらかといえば社会的な秩序から解放された存在として積極的に評価します。「おばは、何をしていても不思議と美しく見えた」のです。そんなゆきのとの短い共同生活を通じて、弥生は「哀しい予感」の根本的な原因――それは彼女のアイデンティティそのものを揺るがします――を突き止め、ゆきのとの関係も家族(特に弟)との関係も再構築を迫られることになります。物語の舞台は東京から軽井沢へ、青森へ、そしてまた東京へと移りますが、全編を夏のはじめの光と風が淡く緩やかに貫いているような、切なく美しい作品です。

 


 

24・小川糸「つるかめ助産院」(2012年 集英社文庫)

電池もほとんどなくなってしまったので、ケータイは乗船場にあった燃えないゴミの箱に捨てた。妊娠の影響かもしれないけれど、たとえ充電器が手に入ったとしても、ケータイの画面や活字を見るだけで胸がむかむかしてしまう。それに、ケータイを持っていると、どうしても小野寺君からの電話を待ってしまって、自分が前に進めない気がしたのだ。

小野寺まりあは、ある日突然、夫の失踪という事態に直面し、かつて婚前旅行で一緒に訪れた南の島へ向かいます。彼の勤め先に電話すると、失踪の前日に辞表を出したと言われ、家で待っていても何の連絡もなく、とにかく少しでも夫を探す手がかりをつかみたいと思ったのです。島へ着いてあてもなく歩いているとき、出会ったのが「つるかめ助産院」の院長・鶴田亀子。昼食をごちそうになり、つるかめ先生の診察まで受けて、まりあは自分が妊娠していることを知らされます。 本当は日帰りのはずでしたが、悪天候による船の欠航で数日間足止めをくらい、助産院に泊めてもらいながら島の賑やかで温かな人々と触れ合うとともに、妊婦の尊厳を守りつつできる限り自然な形での出産を追求する助産院の現場も見せてもらいます。いったんは島を離れますが、「まりあちゃんが一番安心できるところへ帰りなさい」という先生の手紙を読んで、すぐ島に戻り、助産院の手伝いをしながらここで赤ちゃんを産むことを決意します。
引用文は、島へ戻る船に乗り込む直前、携帯電話を捨てる場面です。夫との唯一の連絡手段を手放すことで、自分が今守らなくてはいけない存在に集中するんだという一途な思いが伝わってきます。この作品が刊行された2010年の段階では、不要となった携帯電話はほとんどの自治体で不燃ごみ扱いになり、収集された後は埋立処理されていました。しかし、携帯電話などにはたくさんの有用金属が使われており、その中には世界全体でもほんの少ししか産出しない希少金属(レアメタル)も含まれています。それを一度使っただけでごみにするのは非常にもったいないということで、2013年4月に小型家電リサイクル法が施行されました。同法の概要は次のとおりです(環境省HPより)。
<趣旨>使用済小型電子機器等の再資源化事業を行おうとする者が再資源化事業計画を作成し、主務大臣の認定を受けることで、廃棄物処理業の許可を不要とし、使用済小型電子機器等の再資源化を促進する制度。
<対象品目>一般消費者が通常生活の用に供する電子機器その他の電気機械器具のうち、効率的な収集運搬が可能であって、再資源化が特に必要なものを政令指定(たとえば、電話機、携帯電話、ラジオ、デジカメ、炊飯器、プリンター、扇風機、掃除機など)
2014年5月の同省調査によれば、約6割の市区町村が、同法に基づいて小型家電の分別収集を実施または実施に向け調整中とのことでした。収集したものは認定事業者に引き渡され、金属の種類ごとに選別されたうえで、それぞれの用途に応じた再資源化ルートに乗せられます。
ちなみに、これも環境省の資料(「レアメタルリサイクルの現状」)によれば、携帯電話1台あたり(80gとして)次のような金属が使われているとの試算がなされています(あくまで一例です)。
<レアメタル>ニッケル0.8g、クロム0.7g、ネオジム0.3g、タンタル0.2g、タングステン0.2g、チタン0.1g、マンガン0.1g、パラジウム0.1g、バリウム31mg、ビスマス12mg、リチウム10mg、コバルト6mg、ジルコニウム4mg、ベリリウム3mg、ストロンチウム3mg、ガリウム1mg、イットリウム1mg
<レアメタル以外>銅15.2g、アルミニウム7.2g、鉄6.4g、スズ0.8g、鉛0.5g、銀0.1g
あんな小さな携帯電話にこれだけの多種多様な金属が使われていることに驚きます。1台だけでは数ミリグラムというごくごく微量であっても、それが何千台、何万台と集まれば立派な資源になります。ぜひ1台たりとも無駄にせず再資源化したいものです。
作品に話を戻すと、まりあは生まれてすぐ教会の入り口に捨てられていたところを見つけられました。乳児院に入れられ、その後はある夫妻のもとに引き取られましたが、どこにも自分の居場所はないと思い続けてきました。だからこそ、高校生のときに出逢った小野寺君はかけがえのない存在であり、彼と幸せな家庭を築くことは生まれて初めて自分の安住の場所を確保することでした。その夢が破れて呆然自失だった日々が、島の人々との交流の中で少しずつ生の息吹をまとっていきます。そして、おなかの赤ちゃんの成長とともに自分の心身も強くしなやかに変わっていきます。新しい命の誕生までのドラマを自らの肉体の中でプロデュースし、最後まで演じ切る女性という存在の崇高さが、1ページ1ページと読み進むほどに強く実感されていきます。ぜひ男性にこそ読んでほしい本だと、痛切に感じました。


 

25・東直子「いとの森の家」(2017年 ポプラ文庫)

作業の過程で生じる半端な木片を大工さんがくれたので、積み木のように重ねたり並べたりして遊んだ。のこぎりの跡が残るざらざらした切り口のふぞろいな形の木片は、きれいに重ねることはできなかったが、テキトーなモノをテキトーになんとかして、家に見立てたり、学校に見立てたり、劇場に見立てたり、どこか見知らぬ国の城に見立てたり、どんなに長い時間それを続けても、なんだか飽きなかった。不要なものとしてはねのけられたモノに想像で新しい意味を付け加える作業が、妙に楽しいのだということを発見した気がしたのだった。

この作品の主人公は、三人姉妹の次女で小学4年生の山田加奈子。福岡市内の団地から、福岡県・糸島の山間部に新築した家に、一家で引っ越してきました。引用文は、まだ家の建築中に、その様子を見るため家族で訪れた際の描写です。
事業活動に伴って発生する木くずは、発生源の違いによって事業系一般廃棄物になる場合と産業廃棄物になる場合があります。オフィスで使っていた木製の机、事業所の敷地の植え込みを手入れしたときの剪定枝などは、事業系一般廃棄物。これに対して、引用文のように家を建てるとき使う建築用材の端材は、建設業にかかる木くずなので産業廃棄物となります。また、家を建築するときに発生する廃棄物の処理責任を負うのは、元請けの建築業者です。作品では詳しいことが書かれていませんが、加奈子のお父さんは顔見知りのいない場所で家を新築することになったので、おそらくハウスメーカーに発注したのでしょう。だとすると、建築廃材の処理責任は下請けの大工さんではなくハウスメーカーが負うことになります。ハウスメーカーが産廃の収集運搬・処理業の免許を持っていなければ、実際の処理は産廃処理業者に委託する必要があります。
処理の仕方については、できるかぎり再生利用することが求められています。環境省の資料「木くずの現状について」(発行年不明)によると、産廃としての木くずの処理方法で最も多いのはチップ化で38%、次いで直接埋立・単純焼却24%、燃料化11%、焼却(エネルギー回収あり)10%、堆肥化10%、その他7%となっています。
いずれの処理をするにしても、産廃として処分するには処理費用がかかり、マニフェストの発行などの手続きも必要です。それをごみとしてではなく、遊び道具として有効活用してくれれば、排出事業者としても助かります。何より加奈子たちにとって、その木くずは世界中で自分たちしか持っていないオリジナルのおもちゃです。出来合いのおもちゃのように「こうやって遊ぶ」という取扱説明書があるわけではないので、遊び方を自分たちで一から考え創造していくことになります。だからこそ、「どんなに長い時間それを続けても、なんだか飽きなかった」のでしょう。「不要なものとしてはねのけられたモノに想像で新しい意味を付け加える」――この言葉は、ごみをごみでなく資源にするための本質的な考え方を、極めて的確に表現しているように感じます。
さて、加奈子は、転校先の小学校で同級生たちとすぐ打ち解け、近所のかわいらしい家に住むおばあさん・おハルさんとも仲良くなります。豊かな自然環境の中で、驚きと感動に満ちた毎日を過ごします。しかし、この作品を一貫して貫いている最大のテーマは、自然との触れ合いやそれを通じた加奈子の成長ではなく、「命」です。それも、抽象的・観念的に命の大切さを訴えるのではありません。通学路で車に轢かれて死んでいるたくさんの蛙、給食のおばさんが調理するため羽をむしっていた鶏の死骸、おハルさんが慰問を通じて交流していた死刑囚の遺骨、おハルさんが語るアメリカでの戦争体験……。否が応でも死と向き合い、死を自らの中に取り込まなければならない人間の罪深さ、多面性、矛盾といったものを、まだ幼い加奈子の目と心を通して静かに、穏やかに、しかし真摯に描きます。
おハルさんは戦時中、アメリカにいて敵国人として辛く苦しい生活を余儀なくされました。その当時を振り返り、加奈子に「私は、たくさんの人が踏みつけていった雪の上を、さらに踏みつけて歩いたの」「残酷な時代でしたからね。踏みつけてきたのよ、たくさんの命や、心を」と話しました。雪が降った日の帰り道、加奈子は溶けかかった雪を踏みしめながらおハルさんの言葉を思い出します。そのときの描写が心に残ります。
「私の足は、雪が溶けてやわらかくなった土の中に、体重をかけた分だけゆっくり沈む。でも、簡単に引き抜くことができるくらいにしか沈まない。反対の足も同じだった。ここは底なし沼ではないんだ、よかった、と思う。そう思いながら、一人でゆっくり足踏みを続けた。」


 

26・越谷オサム「いとみち」(2013年 新潮文庫)

土産物売り場をひやかし、「縄文時遊館」の建物から遺跡側のエントランスに出てきたところで、いとは意外な顔を見つけた。
「おーい、みんな。館内のゴミ箱にはゴミを捨てないように、各自持ち帰るようにと朝も言ったはずだぞ!」
津軽メイド珈琲店の常連にして「いと転協」の発起人の一人、山本だった。店で見かけるくすんだトレーナーや皺だらけのボタンダウンシャツではなく、今日は太い首から臙脂色のネクタイをぶら下げている。が、頭の後ろで跳ねた寝ぐせはいつものままだ。
エントランスの傍らに立って呼びかける山本の前を、見知らぬ制服を着た高校生たちがゴミを片手に通り過ぎていく。誰一人として、山本に関心を払っている様子はない。
(中略)
「山本せーんせ。これあげる」
互いに会釈をした二人を遮るように、スカートを極限まで短くした女子生徒たちが山本のもとに駆け寄った。丸められたコンビニエンスストアのレジ袋や空のペットボトルが、山本の手に次々と押しつけられる。

いと――相馬いとは、青森県弘前市の高校に通う1年生。引っ込み思案な性格を変えようと、意を決してアルバイトを始めた先は、青森市内で初めてというメイド喫茶。早くに母親をなくしておばあちゃんに育てられたため、正統派の津軽弁を受け継いだいとは、人前で極度に緊張することもあって、メイドの決まり文句「お帰りなさいませ、ご主人様」が「お、おがえりなさいませ、ごスずん様」になってしまいます。お客にお尻を触られて泣き出したり、オム絵を描こうとして大失敗したり、週末のバイトはドジばかり。それでも、職場の仲間や心優しい常連客たちに見守られて、少しずつ働くことの楽しさを実感していきます。
引用文の山本先生は、そんな常連客の1人。いとは社会科見学で訪れた三内丸山遺跡で、やはり見学の引率をしていた山本とばったり出会い、彼が高校教師であることを初めて知ります。いとが通っているおっとりした校風の高校と違い、山本が教鞭をとっている高校は素行に問題のある生徒が集まっているようです。
三内丸山遺跡は、青森市郊外にある縄文時代の代表的な遺跡で、広々とした敷地内に大きな掘立柱や竪穴住居が復元されています。その入り口にある施設が縄文時遊館で、縄文時代の暮らしを開設したパネルやジオラマ、出土品などが展示されているほか、シアター、体験コーナー、売店などもあります。
縄文時遊館にはごみ箱が備えられています。これは、売店で買った食べ物や飲み物の空き容器などを捨てるためです。施設から出るごみは事業系なので、事業者(施設の管理者)が処理経費を負担します。紙くずなどは事業系一般廃棄物ですが、プラスチックについてはペットボトルであろうがお弁当の空容器であろうが、法的には例外なく産業廃棄物となり、処理には経費的にも手続き的にも事業者の負担が大きくなります。したがって、家から持ち込んだごみを施設のごみ箱に捨てることはくれぐれも厳禁です。山本先生はこのことを生徒たちに言っているのですが、残念ながら生徒たちは聞く耳を持ちません。こういう不心得者が多いためか、最近ではごみ箱を設置しない公共施設も増えており、せいぜい飲み物の自動販売機の横に空き缶・ペットボトルの回収ボックスが備えられているくらいのところが多いようです。ちなみにこのような回収ボックスに捨てられたものは、自販機を管理するベンダーが回収してリサイクルしています。
作品名の「いとみち」とは、糸道=「常に三味線を弾く人の左人さし指の爪の先に、弦との摩擦でできたくぼみ。糸爪」(デジタル大辞泉より)のこと。いとは、実は単なるドジっ子ではなく、津軽三味線の名手なのです。「いと」という古風な名前も、津軽三味線の師匠でもあるおばあちゃんが、三味線の糸のようになくてはならない存在になってほしいという思いを込めて付けたものです。作品名は、地道に稽古を続けていないとできない糸道のように、不器用でもひたむきに頑張るいとの姿を象徴的に表現したものと言えます。もちろん、「いとが進む道・進もうとしている道」という意味も込められているのでしょう。
津軽弁丸出しの女子高生メイドが主人公と聞けば、ユーモア溢れるライトノベルと思われるかも知れません。そういう面もあることは間違いなく、非常に読みやすくて思わずクスッと笑ってしまう場面も満載です。でも、それだけではありません。この作品は「一の糸」「二の糸」「三の糸」の全三冊で構成されており、それぞれ高校1~3年のいとを描いています。読み進むにしたがって、人見知りな性格や訛りといったコンプレックスと向き合いながら周囲の人たちの支えのもとで一歩ずつ成長していくいとの姿に、どんどん引き込まれていきます。まるで我が子のように、「いとちゃん、頑張れ」と応援したくなります。笑える場面だけでなく思わず涙が出てしまう場面も多く、淡い恋も友情も未来への希望と不安もたっぷり詰め込んだ、正統派の青春小説です。これほど読んだ後に幸せな気持ちになれる小説は、なかなかありません。
それともう1点。この作品のすごさは、津軽三味線の演奏シーンの臨場感に満ちた描写です。詳細な取材に基づいて、専門用語を豊富に交えながら細かなテクニックとそこに込められた奏者の思いを、躍動感と疾走感溢れる筆致で描き出します。バチを叩く激しい音が、絃の鳴る力強くどこか悲しげな音が、行間から飛び出してくるようです。こんなにも生き生きと言葉で音楽を表現できるものなのかと、新鮮な驚きを覚えます。「いとみち」を読んだ誰もが、津軽三味線を聴きに青森へ旅したいと思うことでしょう。


 

27・瀬尾まいこ『春、戻る』(2017年、集英社文庫)

「お兄さん、しっかり持ってよ。これを玄関まで運べば終わりなんだから」
すみれが偉そうに言って、「僕、もう疲れて力出ないんだよね」とおにいさんが情けない声を出した。
土曜日だったおかげで、いらない物をリサイクルセンターへ持っていくのに、朝からすみれが手伝いに来てくれた。そして、おにいさんもしっかり嗅ぎつけてやってきてくれたのだ。

何か悲しいことや嫌なことがあって、落ち込んだ気持ちをどう立て直したらいいかわからない人がいたら、私なら迷わず「瀬尾まいこの作品を、どれでもいいから読んでみて」とアドバイスします。彼女が紡ぎ出す言葉の森は、まるで魔法のようにその世界に入り込んだ読者の全身を、ほの暖かく清らかな薄衣で包み込んでくれます。その作品の中に、恵まれた境遇で何の悩みもなく育ってきた人はめったに登場しません。誰もが心の中に、癒えることのない傷や、傷とまではいかなくても何かの拍子に痛みを思い出させる“ささくれ”を抱えています。それでも、周囲の人たちとの日常の何気ない触れ合いや、気にかけてくれる人のさりげない手助けを通して、そのままの心と身体を落ち着かせることのできる場所を見つけ出すのです。かなりの陰影を持ったストーリーなのに、なぜかこの人の筆にかかると、最初から最後までさわさわと春のそよ風が吹いているような心地よさを感じます。この殺伐とした社会で瀬尾まいこという作家が生まれてくれたことに、私は心から感謝したくなります。
この小説は、そんな彼女の特徴と作風が最も如実に表現されている作品の一つと言えるでしょう。主人公は結婚を間近に控えた36歳のさくら。大学を卒業して、岡山県の山間部の小学校で夢だった教師になりますが、クラスをうまくまとめることができず、1年で教師を辞め、郷里に帰って事務員の仕事を続けていました。特に恋愛もせず独身を通してきましたが、和菓子屋の跡取り息子・山田さんと縁ができ、結婚することになりました。10年以上勤めた会社を退職し、料理教室に通っていたある日、彼女の前に「さくらのお兄ちゃんだよ」と名乗る青年が現れます。しかし、彼女は兄がいると聞かされたこともないし、彼と会ったこともありません。おまけに、彼はどう見ても20歳そこそこです。怪しすぎるその存在を、当然ながらはじめは避け続けますが、彼女の迷惑などおかまいなしに近づきあれやこれや世話を焼こうとする「お兄ちゃん」を、次第に受け入れていき……。彼の正体は最後の最後で明らかになり、読み手はいつものように温かな涙をプレゼントされることになります。
さくらの前に「お兄ちゃん」が初めて現れたとき、彼がまだ24歳と知ってさくらは「だったら少なくともお兄さんではないでしょう」と、至極真っ当なことを指摘します。これに対する「お兄ちゃん」の反論が笑えます。「さくらって、いまだに先に生まれたほうが兄っていうシステムを導入してるの?」でも、最後まで読み通してからこの場面に戻ってみると、これは単なる口から出まかせの言い訳ではなく、作品全体のテーマを象徴した言葉なのではないかと気づかされます。すなわち、人を幸せにするのは平準化された社会の仕組みではなく、個人と個人の間に通い合う一期一会の特別な関係性なのだと。
引用文は、さくらが住んでいたアパートを引き上げるにあたり、妹のすみれと「お兄ちゃん」の応援を得て不用品を処分する場面です。リサイクルセンターというのは、おそらく自治体が運営する施設だと思います。まだ使える家具や衣服、家電製品、自転車などを引き取り、必要であれば修理したうえで、市民に無償もしくは格安で提供する施設です。誰も引き取り手がなければごみとして燃やされたり埋め立てられたりするものを、資源として活用する仲立ちをするわけですから、ごみ減量にとって大きな意義があります。
ペットボトルや空き缶などの中間処理施設と併設されているケースも多く、リサイクルプラザやリサイクルセンターと呼ばれますが、不用品を誰か別の人に使ってもらうという行為そのものはリサイクルではなくリユースです。本当はリユースショップなのにリサイクルショップの看板を掲げている例も、ごく普通に見られます。これは、リサイクルという言葉が1980年代に使われ始めたころ、今の用法よりもっと広い意味を内包していたことの名残と考えられます。当時、日本リサイクル運動市民の会などの市民団体が結成され、ただでさえ資源の乏しい日本で使い捨て文化が蔓延している状況に警鐘を鳴らすようになりました。そうした市民団体が最初に手掛けた活動が、フリーマーケット(蚤の市)です。つまり当時のリサイクルという言葉は、今でいうリユースの概念も合わせた「資源をごみにせず有効活用するここと」といった意味だったのです。3Rが提唱され、リユースとリサイクルが区別されて使われるようになるのは、もう少し先のことです。


 

28・有川浩「キャロリング」(2017年 幻冬舎文庫)

雨が降り止まないのでゴミ袋に毛布類を詰めると、ゴミ袋3つ分にもなった。薄いようで意外とかさばり、ゴミ袋1枚に毛布が1枚しか入らない。いつ買ったやら思い出せない寝袋が出てきたので、それも薄手のタオルケットを入れたゴミ袋にむりやり突っ込む。
会社に引き返すと、ベンさんと朝倉も食事の調達を終えて戻っていた。
「なんだ、戻ってたんなら手伝ってもらったのに」
両手に合計3つのゴミ袋をぶら提げ、2つ提げた右手は指が攣りそうになっている。

この物語の主人公は、社員わずか5名の子供服メーカーに勤務する30歳くらいの独身青年・大和俊介。「エンジェル・メーカー」というその会社は、小規模ならではの小回りの良さで業界を生き抜いてきましたが、主要取引先の閉店による影響をまともに受け、12月25日をもって廃業することになりました。大和は、酔うたびに母親に暴力を振るう父親と、その暴力を甘んじて受け続ける母親のもとで育ち、成長して母親を守るため父親に歯向かうようになると、「あんたが逆らうからもっとひどいことになった」と母親からさえ非難されるようになります。両親と決別し、会社の同僚である柊子と付き合い始めますが、育った環境のため自分が子どもを持つことを考えられず、大和との結婚・出産を前向きに考えていた柊子との間の溝が広がって別れてしまいます。
廃業に向けて残務整理をする日々の中、大和は、「エンジェル・メーカー」が副業として実施する学童保育に通っていた小学生の航平と親しくなります。航平は両親のことが大好きですが、母親の圭子と父親の祐二は仕事をめぐる考え方の違いなどから次第に折り合いが悪くなり、ついには祐二が家を出てしまいます。 ストーリーは、祐二と圭子を仲直りさせようとする航平と、それを応援する大和と柊子との交流を軸に進んでいきます。引用文は終盤、航平と柊子が何者かに誘拐されたことを知った大和や「エンジェル・メーカー」の社員が、情報収集のためオフィスで一夜を明かす準備をしている場面です。
タイトルの「キャロリング」は、「クリスマス・イブにキリストの生誕を賛美歌を歌って告げ知らせること」を意味するそうです(「はてなキーワード」より)。無事生還した航平は、望み通り家族3人でクリスマスイブを迎えますが、それは家族にとって新たなスタートの日ともなります。一方、大和と柊子は、「大和はまだ始まってないだろ」という航平の叱咤に後押しされ……。460ページの大冊ですが、一気に読み通せずにはいられないスリリングかつ情感あふれるストーリー展開は、さすが有川浩と唸らされます。
引用文についてですが、ここではごみ袋が、ごみを入れるためではなく毛布やタオルケットを入れるために使われています。雨が降っていたため、車まで運ぶとき濡れないように、寝具をごみ袋に入れたのです。防水性にすぐれ、軽くて丈夫なごみ袋は、こういうときにも活躍してくれます。
現在のごみ袋は、自治体が販売している指定袋にしても一般に売られているごみ袋にしても、ほとんどはポリエチレン製です。PEとも略されるポリエチレンは、他のプラスチック素材と比べて次のような特性があります(ものづくり情報サイト「アイ・メーカー」ホームページより)。
・原材料価格が最も安く、加工しやすい素材の1つ。
・最も単純な構造を持つ高分子素材でありさまざまな加工方法に対応している。
・以上の特質から、大量生産される製品や素材に適しており、ラップやフィルム、食品容器、農業用フィルムといったシート状のものから、バケツや洗面器といったシンプルな雑貨類、冬にはお馴染みの灯油缶、土木用シートからサンダルに至るまで、あらゆるもののプラスチック素材として使用されている。
・剛性や耐薬品性といった機械的特性は異なるが、基本的には容器類やフィルム、シートなどの原材料としての使用が多い。
一般にはビニール袋とも言われることがありますが、ビニール袋とは正確にはポリ塩化ビニル製の袋のみを指します。以前はポリ塩化ビニル製の袋が多かったため、プラスチック製の袋そのものをビニール袋と総称するような言葉の使われ方がなされていましたが、現在では前述のようにポリエチレン製が主流となっています。ごみ袋に限らずプラスチック製の袋全般についていえば、ポリエチレン以外にもポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、ポリアミドなどの素材も使われており、総称してポリ袋と呼んでいます。ポリマー(高分子有機化合物)製の袋=ポリ袋ですが、ごみ袋について言えばポリエチレン製の袋=ポリ袋と考えてもいいでしょう。
なお、現在ごみ袋として使われているポリ袋の多くは透明または半透明です。これは、分別収集が普及するのに伴って、いわゆる可燃ごみのごみ袋に入れてはいけないもの(不燃ごみや資源物)が増えたことが背景にあります。分別がきちんとなされているかどうか判断できるよう、透明・半透明の袋が採用されるようになったということです。収集作業員はごみ袋を見て、あまりに分別がいい加減なものがあれば収集せず、「分別できていないので収集できません」等と記したシールを貼ってごみ置き場に残置していく、ということが広く行われています。昔は、プライバシーを守る観点からも、中身の見えない黒いごみ袋が普通に使われていました。


 

29・藤岡陽子「晴れたらいいね」(2017年 光文社文庫)

日中は患者たちと防空壕の中で過ごし、夜が更けるとまた病舎に戻っていく。そんな日々を4月の半ばまで続けていたが、昨日突然「明日から本院を離れて転進する」と佐治軍医から伝えられた。出発までたった1日しか猶予のないところ、梅以外の19名にはそれぞれの業務が与えられ、紗穂と美津は本部に保管してある書類を焼却すること、薬剤を病舎横の井戸に破棄することを指示されていた。

看護師の紗穂は、夜勤で患者の雪野サエの世話をしているとき、突然襲った大地震をきっかけにサエの体に乗り移ってしまい、しかも1944年8月16日のマニラにタイムスリップしてしまいます。サエは日赤の従軍看護婦としてマニラの病院に赴任していたのです。この事態が単なる夢ではないと悟った紗穂は、サエとして目の前の業務に集中しつつ、終戦までの1年間を何としてでも仲間と一緒に生き抜こうと決意します。
――こう書くと、いかにも荒唐無稽な作り話のように思われてしまいます。しかし、綿密な資料調査に基づいて描かれる太平洋戦争フィリピン戦線の様子は、すべて史実に基づいており臨場感に溢れています。しかも作者は現役の看護師でもあるため、看護活動の描写も極めてリアル。それだけに、現代からポツンと1人やって来て戦禍に巻き込まれた紗穂の非日常性が、否が応でもくっきりと浮かび上がる仕掛けです。
紗穂がタイムスリップした日の1か月ほど前には、サイパンの戦いで日本軍が玉砕しています。サイパンを含むマリアナ諸島をアメリカ軍が支配したことで、日本本土全体が空襲の対象となり、日本は敗戦に向かう坂道を加速度的に転げ落ちていきます。フィリピンは太平洋戦争初期に日本が占領しましたが、1944年10月のレイテ沖海戦など、連合軍によるフィリピン奪回作戦の前に日本はなすすべもなく敗退。
サエたち日赤救護班20名は、日に日に増えていく死傷者を前に不眠不休の活動を強いられます。12月にはいったん日本への帰還命令が下りますが、すぐに取り消され、バギオの病院へ。そしてさらに山奥へと、希望の光の見えない転進を繰り返します。そんな行軍の途中、気分を紛らわすため何か歌ってと促された紗穂は、ドリームズ・カム・トゥルーの「晴れたらいいね」を歌うのです。もちろん他の仲間は、48年後のヒット曲など知るはずもなく、「何なのその歌、おかしい」などと言いながらも、まるで今ピクニックをしているような錯覚をさせてくれる明るいそのメロディ―と歌詞を、自然と覚えて口ずさむようになります。
「誰かが歌い始めると、他の班員たちも次々に歌い出し、小さかった歌声が膨らんでいく。
  晴れたらいいね
  晴れたらいいね
  晴れたらいいね
 歌声は一筋の光となって闇を貫く。」
戦線を放棄した日本軍には見放され、いつ襲ってくるかわからないアメリカ軍による爆撃の恐怖にさらされつつ、紗穂=サエが「晴れたらいいね」を歌いながらフィリピンの山中を歩いている情景を想像してみよう。そこから太平洋戦争という70年前のできごとを考えてみよう。私たちは戦うことで何を得ようとしていたのか、何を失ったのかを考えてみよう。戦争とは何なのか、自分ごととして捉えてみよう――そんなストレートなメッセージが伝わってきます。
メッセージといえば、自決用の手榴弾を渡された紗穂=サエがこんなことを言う場面もあります。
「私は、自決なんて絶対にしません。命が尽きる最期まで、この命を守りますよ。敵が目前に迫っているのなら降伏します。捕虜になってでも生き延びて、日本に帰るんです。(中略)誰が始めたかわからない、誰のためなのかもわからない、こんな戦争なんかで死にたくないんです。」
当時、こんな台詞を人前で吐いたら、それこそ命を失ってもおかしくなかったでしょう。現代の感覚で戦争を観念的に捉えている、あまりに絵空事、そんな批判を受けるかも知れません。でも私には、「戦争なんかで死にたくない」という普通の人間の当たり前の感覚を持ち続け、発信し続けることの大切さが、今のこの日本でこそ強調されるべきだと思えます。
引用文は、1945年4月、ダバオの病院を離れることになった場面です。アメリカ軍がこの建物を占拠したとき、日本軍に関する情報を与えないために書類を燃やし、薬剤なども使えないように廃棄することになりました。薬剤をわざわざ井戸の中に捨てるのは、井戸水を使えないようにする意図もあったのでしょう。
現代の日本では、薬剤を含む医療廃棄物をその辺に捨てたりすることは言うまでもなく許されず、慎重な取り扱いが必要です。医療廃棄物には、病院など医療機関から出される事業系廃棄物と、在宅医療に伴って発生する家庭系廃棄物があり、事業系廃棄物はさらに産業廃棄物と事業系一般廃棄物に分けられます。
・産業廃棄物…凝固した血液、レントゲン廃液、レントゲンフィルム、注射針など
・事業系一般廃棄物…包帯や脱脂綿などの繊維くず、紙くず、実験用動物の死体など
・家庭系一般廃棄物…薬、注射針、注射器、カテーテル、点滴バッグなど
当然ながら、産業廃棄物については産業廃棄物管理票(マニフェスト)を発行して産廃処理事業者に処理を委託し、事業系一般廃棄物についても許可業者に処理を委託することになります。家庭系の医療廃棄物については、次のように処理しましょう。
・薬…錠剤やカプセルについては、中身は取り出して可燃ごみとして出します。軟膏・クリームなども中身はティッシュなどに絞り出して可燃ごみに。目薬などの液体も、中身は紙に吸わせて可燃ごみに。貼り薬についても、湿布などは可燃ごみとして出します。
以上それぞれについて、中身を処理した後の容器包装部分については、材質ごとに、市町村のルールに従って処理します(たとえば、容器包装部分がPTPシートなどプラスチックでできていて、容器包装プラスチックを分別収集している市町村なら、容器包装プラスチックとして分別排出)。
・注射針…市町村によっても扱いが異なりますが、日本医師会では診療の際に医師や看護師が持ち帰って病院側で産業廃棄物として処理することとしています。
・注射器…針を外して、材質に応じて市町村のルールに従って処理します。
・カテーテル、点滴バッグなど…材質に応じて市町村のルールに従って処理します。
(参考文献)
「医療廃棄物の基礎知識」(社団法人産業廃棄物連合会、2009年)
「在宅医療廃棄物の取扱いガイド」(日本医師会、2008年)
All About「薬の捨て方・分別方法」(https://allabout.co.jp/gm/gc/303083/)


 

30・西加奈子「サラバ!」(2017年 小学館文庫)

運動場がないので、体育の時間は、学校の前の道路に直接マットを敷いたり、跳び箱を置いたりして授業をした。道路をはさんで空き地があって、そこには近所から捨てられたゴミが大量に放置され、それを目当てにやってくるゴキブリや鼠の温床になっていた。夏になると、それを狙ってカエルまでやってくるので、僕らは「地獄」と呼んでいた。

文庫本で上中下3分冊、合計923ページ。内容的にも、ぜひ後世にまで読み継がれていってほしい(とりわけ若い人たちに)と願わずにいられない壮大なスケールと重層的なテーマ、そして奥の深さで、まさに質量両面において大著と呼ぶにふさわしい作品です。
時間軸としては、主人公の圷歩(あくつ・あゆむ)が生まれてから37歳になるまでの37年間。空間軸としては、歩が生まれたイラン→大阪(1歳半のとき、イラン革命に伴い一家で帰国)→エジプト(小学1年生のとき、父の新しい赴任地に一家で移住)→大阪(小学5年生になるとき、両親が離婚し帰国)→東京(大学入学とともに上京、フリーライターに)→エジプト→アメリカ→イランと、世界規模で展開します。そしてストーリーの軸となるのが、歩とその4歳上の姉・貴子との関係性です。気配り上手で誰からも愛される歩と、幼少時から自我を主張し、どこに行っても問題児だった貴子。「とにかく姉は、その場所で一番のマイノリティであることに、全力を注いでいた」という歩の評価が、貴子の性格をよく表しています。反発し合い、離れて暮らすようになってもどこかで絶えずお互いを意識し、ときには心の支えとなって、30数年の時間がようやく2人の心を近づけます。そこへ至る過程には、民族差別の問題、宗教や信仰をめぐる問題、阪神淡路大震災、友情や恋愛、仕事とやりがいなど、さまざまなテーマが2人に立ちはだかり、2人を悩ませ、成長させるのです。
タイトルの「サラバ」は、エジプトで知り合った親友ヤコブとの、別れの挨拶です。アラビア語でさよならを意味する「マッサラーマ」が訛ったものでもあり、日本語の「さらば」でもあります。最初は文字通りの使い方でしたが、次第に「明日も会おう」「元気でな」「約束だぞ」「グッドラック」「ゴッドブレスユー」そして「俺たちは1つだ」など、さまざまな思いを内包する2人だけの魔法の言葉となります。11歳でのヤコブとの別れのときも、四半世紀を経て再会した後の別れのときも、2人は魔法の言葉を交わします。この物語には重層的なテーマが盛り込まれていると書きましたが、その中でも最大のものは「信じるとは何か」です。歩が長い長い迷いのときから浮かび上がろうとしたとき、気づいたのは、「信じるとは何か」という根源的な問いに対する自分の答えが、「サラバ」の中にこそあるということでした。
引用文は、歩がエジプト・カイロで通っていた小学校の様子で、1970年代後半と推測されます。首都の市街地、しかも子どもたちが通う小学校のすぐ隣地が露天のごみ捨て場になっているという状況は、現在の日本では考えられません。しかし、日本においても排煙や排水に配慮した近代的な清掃工場が各地で稼働するようになったのは、戦後になってからのことです。
引用文から、当時のカイロはごみによる衛生問題が深刻であったことがわかりますが、日本でも近代以降つい最近まで、ごみ問題イコール衛生問題というのが支配的な認識でした。1900(明治33)年にわが国で初めて制定されたごみ処理に関する法律は、その名も汚物掃除法といいます。その前年、神戸にペストが上陸したこともあって、伝染病予防のため公衆衛生の向上が喫緊の課題となり、法制定に至ったものです。同法では、市町村の責任で汚物掃除を実施すること、その方法はできるだけ焼却とすることなどが定められていました。ごみ処理の基本的な方向性が、「出たごみを衛生的に処理すること」から「できるかぎりごみの発生を減らすこと」に転換したのは、1991年の廃棄物処理法改正によってです。
さて、現在のカイロは、衛生的なごみ処理が行われるようになったのでしょうか。詳しいことはわかりませんが、一般財団法人日本環境衛生センターが2006年にエジプトのカイロ市とタンタ市を調査しており、次のようにその結果を記しています(同センター「一般廃棄物処理の現状」2012年2月)。
「カイロのごみ収集、リサイクルはザバリンと呼ばれる少数のキリスト教徒によって行われています。コンポストも盛んですが、殆どのごみはナイルデルタの畑の一画に作られた野積みの埋立地に持ち込まれています。臭気、煙害、土壌汚染、水質汚濁などが懸念されます。」
この記述を読む限り、自治体や国が主導してごみ処理体制を構築している様子はうかがえません。またカイロといえば、ナンシェット・マセルという地区は、街全体がごみの山になっていることで少々有名になっています。「カラパイア 不思議と謎の大冒険」というサイト(http://karapaia.com/archives/51760775.html)によると、「ゴミをリサイクルすることで生業を立てているこの街の住人たちは、日々エジプト国内から運ばれてくるゴミの山から、再利用できるものを収集している」とのことです。次のような記述も見られます。
「この地域の居住者の多くが1950年代に地方から移住してきたザッバーリーン(ゴミを収集する人々)と呼ばれる人々だそうで、ゴミの中のほぼ80%ぐらいは、種類ごとに分別され、業者へ運ばれていくのだそうだ。」


 

31・村山由佳「天使の柩」(2016年 集英社文庫)

あたしたちの後片付けが終わる頃、一本鎗さんも猫のトイレの準備を終えていた。古いたらいに、さっき餌と一緒に買ってきた固まる猫砂を入れただけのものだけど、何日かのことなら充分だろう。

恋愛小説の名手として名高い村山由佳の作品の中でも、最も広く知られ根強い人気を保っているのが、「天使シリーズ」でしょう。主人公の一本鎗歩太(あゆた)と高校の同級生・斎藤夏姫(なつき)を中心とする物語で、彼らが19歳の春から33歳までの約14年間の歩みが4冊にまとめられています。デビュー作の『天使の卵』、デビュー10周年の年に書いた『天使の梯子』、デビュー20周年の作品『天使の柩』と、『天使の梯子』の2年後に上梓されたアナザーストーリー『ヘヴンリーブルー』。作家としての節目ごとに続編が紡がれていることからも、作者自身このシリーズに並々ならぬ思いを注いでいるのは明らかです。
『卵』は歩太の視点から、『梯子』は夏姫の高校時代の教え子で後に恋人となった慎一の視点から、『柩』はふとしたきっかけで歩太と知り合った中学生の茉莉の視点から、そして『ヘヴンリーブルー』は夏姫の視点からと、語り手はすべて異なりますが、いずれも中心に据えられているのは歩太と夏姫の言動と心情です。 『天使の卵』だけを読んだ読者は、その切なく悲しいストーリーに涙を流すことはあっても、後々まで強い愛着をもって作品を思い返すことはないかも知れません。このシリーズの真骨頂は続編にこそあります。歩太と夏姫は高校時代に付き合っていましたが、卒業した春先、歩太は偶然に出会った夏姫の姉・春妃(はるひ)と恋に落ち、夏姫に別れを告げます。しかし、その恋は悲劇的な結末を迎え、歩太にも夏姫にも深い傷を残します。3冊の続編では、2人がその傷と向き合いながら少しずつ自分を取り戻していく過程を、繊細極まりない温かな筆致で丁寧に丁寧に描いていくのです。
『梯子』にはきちんと10年分の、『柩』には14年分の、時間の流れとそれに伴う2人の人生の重さが詰め込まれています。読者は否が応でも、その重さを自分の身に引き受けながら読み進めることになり、息苦しくてやるせなくてたまらないのに胸のいちばん奥底が心地よさで満たされるような、不思議な幸福感に包まれます。その意味で、これほどに読書の歓びを実感できる作品はめったにありません。
引用文は、歩太と茉莉が出会った公園で子どもたちにいたずらされて怪我を負った猫を、歩太が家に連れて帰り、トイレの用意をしている場面です。猫の糞や猫砂の処理方法は、自治体のきまりに従うことが基本です。いくつかの例を挙げましょう。
埼玉県和光市「ペットのトイレ(シリカゲル状のもの)は、燃やすごみでお出しいただくことが出来ますが、糞は市で処理出来ませんので、トイレに流して処理してください。」
青森市「犬やねこなどのペットのふんは、砂などを取り除き自分の家のトイレに流してください。ペットのトイレ用の砂などは、自分で一般廃棄物最終処分場に運ぶか(有料)、一般廃棄物収集運搬許可業者に依頼してください。」
神戸市「汚物やペットのふんはトイレに流してください。汚物やペットのふんを取り除いた紙おむつや専用砂(紙製など)は、小さなポリ袋に入れてから、指定袋に入れて(燃えるごみとして出して)ください。」
こうしてみると、糞はトイレに流すよう定めているところが多いようです。衛生的なごみ処理の観点からすれば当然とも考えられます。ただ、猫の糞は水に溶けにくく、毛づくろいのときに飲み込んだ体毛も含まれていることなどから、トイレの配管に詰まりやすいという問題もあります。ペットの糞の処理方法について明確な指針を公表していない自治体が多いのも、このためだと思われます。最近はペットの糞もOKという生ごみ処理機も発売されています。
猫砂については、現在さまざまな素材の商品が出回っており、素材ごとに処理方法が異なってきます。
・天然木、おから、再生パルプなどでできた猫砂は、一般的には可燃ごみとして出すことができます(先に引用した青森市などの場合は別ですが)。
・鉱物系の猫砂については、一般的には可燃ごみとして出せないので、不燃ごみの日に出すことになります。もちろん、大阪市のように可燃ごみ・不燃ごみの区分がなくいずれも普通ごみとして焼却処理している自治体の場合は、普通ごみとして出すことができます。


 

32・古谷田奈月「ジュンのための6つの小曲」(2017年 新潮文庫)

コマリは山盛りのティッシュを大急ぎでゴミ箱へ放り、ぬるくなったほうじ茶を、やはり急いで飲み始めた。カンはそんなコマリの様子を眺めながら、珍しく、何か考え込んでいるようだった。彼が黙るといやに静かで、包丁がまな板を打つ音も、そのままのかたちで台所から届いた。

本作品の主人公・ジュンは中学2年生。壁や電柱に話しかけたり、突然自分にしか通じない言葉で歌い出したり、周囲を気にかけないマイペースぶりを、同級生たちは「アホジュン」と見下しています。しかし本人は、毎日が楽しくて仕方ありません。ふと聞こえてくる物音に合わせてオリジナルの歌を作ることに夢中だからです。彼にとって身の回りすべてが音楽で、自分自身がその音楽を奏でる楽器なのです。友人が1人もいないジュンでしたが、ある日から同級生のトクと親しくなります。偶然トクのギターを聴いたジュンがその音色に合わせて例の意味不明の言葉で歌い、互いにその音楽性を認めたからです。この出会いをきっかけに、トクの父親で底抜けに明るくジュンを受け止めるカン、ジュンやトクの後輩で吹奏楽部に所属するコマリとの交流も始まります。
引用文、コマリがなぜ山盛りのティッシュを消費したかというと、あふれる涙をふくためです。吹奏楽部の中で浮いた存在のコマリは、ジュンと一緒に訪れたカンの家で、このままじゃ心を1つにして演奏するなんてできないと思いを吐露します。泣きじゃくるコマリに、カンがティッシュペーパーを箱ごと差し出したというわけです。 ティッシュペーパーはトイレットペーパーと並んで、一度使ったら再生できない使い捨て紙製品の代表選手。ただトイレットペーパーと異なるのは、湿潤紙力増強剤と呼ばれる薬品を添加して、水に溶けないよう加工されていることです。したがって、一般的なティッシュペーパーはトイレに流すことはできません。また、トイレットペーパーは古紙100%の製品も普通に出回っていますが、ティッシュペーパーの場合、古紙を配合した製品は限定的なルートでしか販売されていないのが現状です。
古紙100%だと強度が足りないという面もありますが、鼻をかんだりお化粧を落としたりと顔に接触する用途が多いので、再生紙製品がイメージ的に好まれないという事情もあるのでしょう。でも、一度しか使えないものだからこそ、バージンパルプを使うのはもったいない気がします。現在では、バージンパルプ代替原料として紙パックを使うことで、十分な強度や柔らかさを実現している商品もあります。
そして、ごみ減量のために何よりも大切なのは、できるだけティッシュペーパーに頼らない暮らしを心がけることです。ティッシュの箱がそばにあると、つい何にでもティッシュを使ってしまいがちになります。テーブルや机をふくとき、食後に唇や手をぬぐうとき、パソコンについたほこりを払うとき、メガネのレンズやスマホの画面をふくとき、叩いた蚊をつまむとき、ポテトチップなどのお菓子を袋から出すときのお皿代わり、……。しかし、ちょっと考えればこれらのほとんどはふきんや手ぬぐい、タオルなど「洗えば何回も使えるもの」で代用できることに気づきます。私の親の世代だと、鼻をかむのにもハンカチを使うのが普通だったと思います。さすがにそれは抵抗があるという人も、せめて鼻かみだけにティッシュの用途を限定すればかなり使用量を減らせるでしょう。
作品に話を戻します。ジュンは、専門家が診断すれば発達障害などの病名がつけられるでしょう。しかし作品中では、いっさい病気と決めつけるような表現は出てきません。1人の人間として、なぜジュンがそう考えるのか、なぜそんな行動をとるのかを丁寧に描いていきます。心ない同級生たちは、ジュンだけでなく「アホジュン」と仲良くするトクまでもいじめのターゲットにしようとしますが、トクとジュンはそんな理不尽な仕打ちに、2人をつなぐかけがえのない宝物であり武器である音楽で対抗しようと動き出します。ラストシーンに向かってどんどん生き生きと精神が解き放たれていく彼らの姿は、胸を締め付けられるほど切なく、そして力づけられます。
古谷田奈月さんは1981年生まれの若手作家。端正で論理性の高い文体と冷徹な観察眼、テーマに迫るためときにはやすやすと現実世界を超える構想力は、小川洋子さんに通じる才能を感じさせます。


 

33・古谷田奈月『無限の玄(げん)/風下の朱(あか)』(2018年 筑摩書房)

玄さんお茶飲むかな、と千尋が電気ケトルのほうへ動きかけた。すると兄が、雑に丸めたチョコレートの包み紙をすり鉢の中へ捨てた。千尋はまずすり鉢を、それから兄を見た。みるみる赤らんでいく首筋といかった肩には今や明確に反逆の意思が見て取れたが、まだかろうじて、序列への忠誠のほうが強かった。千尋は動かず、ただ兄を見つめ続けた。 「俺が思うに」兄は包み紙を捨てるのと同じ素っ気なさで言った。「奴がしつこく戻ってくるのは、お前が居場所を作るせいだ」

本書は「無限の玄(げん)」「風下の朱(あか)」という互いに独立した2つの中編・短編を1冊にまとめた本ですが、タイトルの対照性からも想像できるように、通して読めば双方の作品が互いに影響し合って新たな世界を形成していることがわかります。
「無限の玄」は、家族で組むブルーグラスバンドのリーダーを務めていた63歳の男、宮嶋玄(げん)の“無限の死”の物語です。「百弦」と名づけられたバンドのメンバーは玄のほか、玄の長男・律、次男の桂(けい)、玄の弟・喬(たかし)、喬の息子・千尋の5人。彼らはキャンピングカーで全国を巡りながら1年中演奏旅行を続け、夏の野外演奏会のシーズンを前にした約1か月間のみ、群馬県の月夜野にある実家に戻って過ごします。ある年のそんなシーズンオフの始まり、玄は用事があるという4人を残して1人だけ先に実家へ帰りました。その5日後に4人が帰宅すると、玄はリビングルームの中央に倒れて死んでいました。110番に電話して、駆け付けた本田という刑事に事情を話し、遺体を引き取ってもらいました。しかし翌日未明、桂と律は玄が何事もなかったように部屋にいるのを発見します。玄はいつものように食事をし、大声でしゃべり、まるで昨日死んでいたのが幻のように過ごしていましたが、夜になって浴室で倒れ、息絶えました。警察に問い合わせると、引き取られた遺体はそのまま無事に安置されています。仕方なく彼らはまた本田を呼び、2体目の玄の遺体を引き渡しました。そして同じことが、翌日もまたその翌日も、そのまた翌日も延々と続いていきました。つまり玄は、毎日新しく復活し新しく死ぬことを際限なく繰り返していったのです。
「百弦」は、著名なミュージシャンであった玄の父・環(たまき)が結成したバンドです。幼い頃から環の音楽仲間であるヒッピーのような連中が家に出入りするのを見ていた玄は、彼らがその音楽によって体現しようとしていた愛や平和、夢、希望といった理想に反発し、「俺は親父も家も音楽も嫌いだ」と公言するようになります。ところが、父が病死すると、父譲りの才能で音楽活動をしていた喬を差し置いて百弦のリーダーに就任し、父の仲間を締め出すとともに律、桂、千尋を幼い頃から鍛えて「宮嶋家による百弦」をつくります。また玄は、「男による宮嶋家」にもこだわり、幼かった桂から「自分はお母さんから生まれたのか」と聞かれると「お前は俺だけの子だ」と断言します。そんな玄が、なぜ嫌っていた自分の家で際限なく復活しては死ぬことを繰り返すのか。物語はその謎に対する残された4人(プラス本田)の思いと行動を軸に進行します。父と子の確執、男性的なものへの固執など、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」にも通じる重量感のある作品です。
印象的なフレーズがそこかしこに散らばっています。たとえば……「家ってのは概念なんだよ。実際には存在しないものなんだ。だって、自分がその家で生まれたことをいったい誰が覚えてる?」「父が眠りより深い場所から目覚めたように僕には見えた」「(玄は)環さんのことも、環さんの音楽のことも、死なせないで唾を吐き続けた。命に終わりがあるってことを、まるで全然知らないみたいに」「玄は詩を持ってる。詩がある限り奴は生まれ続けるよ」。
引用文は、玄の復活と死が繰り返されていたある日のできごとです。玄を慕っていた千尋が、少しでも体にいいものを食べてもらおうとごまをすっていました。しかしそれは、父の呪縛からもう解放されたいと願っていた律にとって許されないことでした。その思いが、千尋が時間をかけて丁寧にごまをすっていた鉢にごみを投げ込むという暴挙につながったのです。この後、4人はそれぞれのやり方で玄とのけじめをつけようと行動し、百弦は崩壊します。
ごみの話を少し。チョコレートの包み紙はせいぜい3~4cm四方の小さな紙片だと想像されますが、「ざつ紙」としてリサイクル可能です。古紙業界では、新聞、雑誌、段ボール、紙パックを基本4品目と呼び、それ以外でリサイクルできる紙をざつ紙と総称しています。包み紙以外にも、お菓子などの外箱や仕切り紙、投げ込みチラシ、コピー用紙、トイレットペーパーの芯などがざつ紙に含まれます。量が少ないときは、雑誌の間に挟み込んで出してもオーケーです。文字通り雑多な紙を含むだけに、注意したいのは禁忌品を混ぜないことです。受け皿となる製紙メーカーの設備によっても禁忌品の範囲は変わりますが、一般的には紙皿、紙コップ、印画紙、カーボン紙、捺染紙、発泡感熱紙、匂いのついた紙などが禁忌品とされます。特に最後の3つは、製紙会社の設備如何にかかわらず絶対に混入してはならないものです。
本書所収のもう1つの作品「風下の朱」の舞台は、群馬という共通点はあるものの、一転して女子大学。1年生の梓は、中学高校の6年間ソフトボール部で部活漬けの毎日を送った反動で、大学では何か別のことをしてみたいと思っていました。上下関係を重視する少女時代の部活は幼稚で野蛮だという先輩の話にも影響され、スポーツとは縁のないサークルを考えていたのです。しかしある日、野球部キャプテンの侑希美から「健康そうだから」と勧誘を受け、侑希美やその仲間の潤子、杏奈の明るい勢いに押され、入部を承諾します。しかし入ってみると、部員はこの4人だけ。侑希美が「瘴気を発していない健康な女しか入部を認めない」という姿勢を頑なに固持しているためです。それに対して潤子と杏奈は、幅広く部員を受け入れるべきと訴えつつも、侑希美の考えを尊重していました。ところが、梓が凛とした強さと美しさを持つ侑希美に傾倒するようになると、上級生3人のバランスが崩れ始め、侑希美・梓×潤子・杏奈という対立の構図が生まれます。そしてある日、その対立が決定的な事件に発展します。潤子と杏奈がソフトボール部の新人を何人も口説いて野球部の練習に参加させたのに対し、侑希美がそれを拒否したばかりか、生理で具合の悪そうだった新人の1人に、「自分の体がどれほどままならないものかわからせるため」酷い仕打ちをしたのです。侑希美にとって生理は、女性であるというだけで28日のうち8日間も苦しめられる、健康とは正反対の存在です。ストーリーの核心は、そんな侑希美に対する梓、潤子、杏奈、そしてソフトボール部主将の遥の考えと行動にあります。
ほとんどの小説は、「男性」や「女性」を描こうとするとき、異性との関係性をどこかで絡めようとするか、あるいは自然に絡めることになります。しかしこの作品は、「無限の玄」では徹底的に男性性を、「風下の朱」では徹底的に女性性を、異性の存在を排除して描き切ります。男性性を一身に体現する玄も、女性性の不条理に真正面から向き合う侑希美も、物語の中では決して幸せにはなれません。しかし、桂や梓をはじめとする周囲の人々は、玄や侑希美を次第に相対化して受け止めるようになります。
また本書では、主題に深く関わると思われるサイドストーリーがいくつか提示されます。たとえば「無限の玄」では律の右手親指が生まれつき欠損していること、千尋が体中に梵字などの入れ墨をしていること、玄がひそかに詩を書いていること。「風下の朱」では、侑希美が社会人野球「ハスオカ野球部」の三波投手に憧れていること。これらの要素が背後に存在することで、読者はより奥深い森へ導かれ、読み終わった後は言葉にできない余韻を長く味わうことになります。


 

34・梨木果歩「沼地のある森を抜けて」(2008年 集英社文庫)

沼はだいぶ海水が入り、水面が上昇しつつあった。いや、海面というべきか。月の光の中、水中に何か揺らめいている。あれは……藻の仲間だろうか。それとも水流が――潮流というべきか――動いているせいなのだろうか。そのとき目を凝らすことに夢中になって、足下に注意が行かず、私は張り出した木の根っこにつまずいてしまった。
――あっ。
と、叫んだときは遅く、私は容器ごと、その「元」ぬか床を沼に放り投げる格好になってしまった。最終的にはそうなったにせよ、まるでゴミを投げたかのような最後の始末が残念でならない。仮にも手塩にかけたぬか床との最後の別れなのに。

大江健三郎「同時代ゲーム」を彷彿とさせるような、壮大なスケールの作品です。しかも、ぬか床というこれ以上ないほど卑小な存在から始まって、地球における生命のルーツというこれ以上ない根源的な問題へとダイナミックに物語が進んでいくのですから、ある意味そのスケールは大江作品を超えていると言えます。
化学メーカーの研究室に勤務する「私」(久美、30代後半、独身)は、亡くなった叔母・時子のマンションを譲り受けて引っ越すとともに、その叔母が世話をしていたぬか床も引き受けることになります。それから間もないある日、ぬか床の中に卵が出現し、50日ほどすると半分透き通った男の子が生まれました。ちょうどその頃、幼稚園時代からの幼馴染みだったフリオと偶然に再会。いじめられっ子体質だったフリオを、久美はマンションの同じ階に住んでいたという縁もあって何やかやとフォローしていたという間柄でした。久美はうっかり、子どもが湧いて出たことをフリオに話したため、興味を持ったフリオが久美の部屋を訪れ、その子を見た瞬間、「光彦!」と絶叫します。その子は、小学校時代に転向してきてフリオの親友となり、半年後に事故で亡くなった光彦そのものだったのです。
……冒頭はこんな感じで、どちらかといえばコメディー風味のSFといった趣ですが、ここから怒涛の展開を見せます。ぬか床からはその後も、カッサンドラと名乗る中年女が湧き出し、対処に困った久美は、時子も生前世話になったという、同じ会社の別の研究所に所属する風野さんという微生物の専門家(男性だが外見や話し方は女性)に相談します。2人はぬか床を返すため久美の故郷の島へ向かい、そこでぬか床の秘密を知ります。そのぬか床は、久美の曽祖父母にあたる人が、島の中の鏡原という集落にある沼の土を持ちだしたものでした。そして鏡原の人々は、有性生殖ではなくすべて沼から生まれたのです。
このように筋書きだけを記すと単なる荒唐無稽な法螺話になってしまいますが、ぬか床をめぐる謎に迫っていく過程で、豊富な科学的知識と洞察力を背景に生命をめぐるさまざまな問題が提起されます。たとえば、次のようなものです。
・有性生殖の方が無性生殖(クローン)より本当に優れているのか。有性生殖を繰り返すことで進化の可能性より劣化の可能性の方が高いのではないか。そもそも人間はこれ以上進化してどこへ向かおうとするのか。
・人間の精神活動は普通に考えられているよりはるかに何らかの化学的物質と密接な関係があるのではないか。その中には、人間の意識の底に対する支配能のようなものが強力に働くタイプが合って、集団ヒステリー的な妄想状態を作り出すこともあるかもしれない。
・太陽エネルギーによって生じた生体構成物質=糖が細胞膜を厚くしていき、外部と内部を 隔てる膜=壁をつくり、それが内と外の区別、自己と他者の区別をつくる。それが人間の自己規定の始まりではないか。
・雄性細胞は小さめで動的なのに対し、雌性細胞は動かずに雄性細胞が近づくのを待つ。しかし受精してからはとてつもなく劇的な展開になる。自分がどんどん分割されて引っ掻き回されて、自分ではないものになっていく。雌性細胞は本当にそれを望んでいるのか。
・世界はたった一つの細胞から始まった。この細胞は、未来永劫ずっと自分があり続ける夢を見ている。生物が目指しているのは進化ではなく、細胞の遺伝子を生き永らえさせることではないか。
現実世界では、人間は有性生殖でしか繁殖できないのが現状ですが、クローン技術は着実に進歩しており、クローン人間の登場を阻む要因はもはや科学ではなく倫理や社会規範の領域です。著者は当然ながらこうした状況も視野に入れつつ、あらゆる生命を「地球から生まれたたった一つの細胞の末裔」として相対化して考えることの必要性に思い至ったのではないか――そんな気がします。梨木さんの他の作品を読んでも、人間の存在を動物の1つとしてというだけでなく、植物やさらには雨や風といった自然現象とも一体的な地球全体を構成する体系の中に位置づけようとする姿勢が感じられます。
さて、ごみの話ですが、引用文はラストシーンに近い場面です。故郷の島を訪れた久美は、風野さんとともにぬか床のふるさとである沼にたどり着き、つまずいた拍子にぬか床の容器ごと沼に放り投げる形でその目的を果たしました。ぬか床として使われていたくらいですから、この沼の土には有機物の発酵を促進する微生物が豊富に含まれていると考えられます。つまり、この沼はいわば天然の「生ごみ堆肥化容器」でもあるのです。
生ごみが分解する過程とぬか床で漬物が発酵する過程は似ています。生ごみを堆肥にするにも、漬物をうまく漬けるにも、腐敗分解ではなく発酵分解させることが不可欠です。そのためには、有用微生物が元気に働ける環境を整える必要があります。生ごみの堆肥化に際して重要な働きをする有用微生物には、次のようなものがあります。なお、微生物は大きく好気性微生物(空気が好き)、嫌気性微生物(空気が嫌い)、通性嫌気性微生物(空気があってもなくてもよい)の3種類に分かれています。(以下有用微生物に関する記述は『だれでもできる生ごみ堆肥化大作戦』1999年、合同出版 より引用)
・糸状菌(かび)…好気性。有機物を分解する。
・細菌(バクテリア)…バチルス菌などは好気性、乳酸菌などは通性嫌気性。乳酸菌には強い殺菌力があり、有害な微生物の活動や有機物の急激な腐敗分解を抑制する。また、連作障害で発生する有害なカビ(フザリウム)の増殖を抑制する。
・酵母菌…嫌気性。根や細胞の分裂を活性化する。酵母の菌体代謝物には、ビタミンやアミノ酸などが含まれ、乳酸菌や放射菌の増殖に役立っている。
・放射菌…光合成細菌や酵母がつくり出すアミノ酸・ビタミンなどをもらいうけ、抗生物質をつくり出し、病原菌を抑えたり有害なカビ(フザリウム)などの増殖を抑える。微生物の住みよい環境をつくる。
・光合成細菌…嫌気性。土壌が受ける光と熱をエネルギーにし、植物の根からの分泌物、有機物などをエサとしている。アミノ酸、糖類など植物の生育を促進させる多数の物質を合成する。
一方、「沼地のある森を抜けて」には、ぬか床に関する次のような記述があります。
「ぬか床っていうのは、乳酸菌や酵母、それからそれらが作り出す乳酸や酢酸、エタノール、ラクトンなんかが組んずほぐれつ牽制しあって、長期間安定して絶妙のバランスを取っている。このバランスは、毎日の手入れで、奇跡的に保たれてるの。欠かすと、あっという間に腐敗菌が繁殖して崩れてゆく。」
つまり、生ごみを堆肥化するにも、土壌微生物のバランスが崩れないよう(=水分や土壌酸素の量をある程度一定に保てるよう)、手入れは欠かせないということになります。ごみを処理するのでなく資源に生まれ変わらせるのだから、多少の手間は覚悟しなきゃいけないということでしょう。


 

35・中脇初枝「神に守られた島」(2018年 講談社)

見回すと、畑の砂糖小屋に避難してだれもいないシマ(集落)に、紙が散らばっていた。飛行機は、隣りのシマでも紙を撒いたにちがいない。
紙は貴重品だった。どの家でも、用を足すときはハジキヌファー(オオハマボウの葉っぱ)を使っていた。焚きつけにもなるので、ぼくはガジュマルの葉っぱと一緒に紙を拾い集め、カミのヒャーギ(ざる)に入れた。

引用文の「紙」は、太平洋戦争末期、この物語の主人公「ぼく(マチジョー)」やカミが住む沖永良部島にアメリカ軍の飛行機が撒いた、無条件降伏をすすめるビラを指します。ガダルカナルやサイパン、そして沖縄本島の玉砕の情報が伝わり、特攻機が島の上空を飛んでいくのを毎日のように眺めていたマチジョーには、お母さんが守備隊の兵隊さんから聞いてきたという情報を鵜呑みにすることはできませんでした。マチジョーとカミはまだ10歳の少年・少女ですが、小学校の授業はもうだいぶ前になくなり、農作業の手伝いをしたり、ヤギや牛のえさを採りに行ったり、水を汲みに行ったり、防空壕掘りを手伝ったりと、働き盛りの若者が徴兵で手薄になった集落の暮らしを日々支えています。それだけに、戦況が良くない方向へ向かっていることは肌身で感じられたのでしょう。
それから間もなく、長かった戦争は終わります。だましていたのは、アメリカ軍ではなく日本軍の方でした。この戦争が「えらぶ」に残したものは、マチジョーの兄やカミの父と兄をはじめとするたくさんの死、物資の欠乏、荒れ果てた田畑、家族以上の堅い信頼関係で結ばれていた村落共同体のほころび、そしていろんなものに裏切られたという人々の思いでした。
全編にわたり、極めて綿密な資料調査に基づいて、戦時中における沖永良部島の人々の暮らしが生き生きと描かれています。人々の会話は島ムニ(言葉)で綴られ、随所に人々の歌う島唄が登場します。青い海と真っ白な砂浜、どこまでも自然に寄り添った衣食住の営み、戦争のさなかでもささやかな楽しみを見つけて笑い合う子どもたち。そうした日常が丁寧に温かく掬い取られているだけに、それらを蝕んでいく戦争の不条理さが自然と浮き彫りになります。文中に、「兵隊さんにだまされた」という大人たちの言葉をマチジョーが受け止めるこんな記述があります。「だまされたといってすましてしまったら、一度だまされたぼくたちは、きっとまた、だまされる。何度でもだまされる」。
そう、この作品は、戦後70年を越して「平和ボケ」とも言われるこの時代だからこそ作者がストレートに発した、心からの反戦のメッセージです。でも、それだけではありません。「野菊の墓」や「潮騒」にも負けないくらい美しくて切ない、真っすぐな純愛の物語でもあります。マチジョーとカミは、同じシマ(集落)に住む同い年の幼馴染。生まれたときから家族ぐるみの付き合いで、お互いのことを知り尽くした仲です。お互いが気持ちを打ち明けることは最後までありませんが、ふざけ合いときには喧嘩をしながらも、いつもさりげなく気遣い合い助け合う姿が、2人の強い絆を雄弁に物語っています。最後、マチジョーは一家で島を出ることになりますが、それがカミとの永遠の別れではないことを、読み手はマチジョー以上に強く願うことでしょう。
さて、ごみの話ですが、引用文では用を足した後のおしり拭きに、紙ではなくオオハマボウという植物の葉を使っていたことが記されています。ミツカン水の文化センターが発行する「水の文化」58号中の「誰も知ろうとしなかった『拭く紙』」(家庭紙史研究家・積の勉さんのインタビュー)によると、世界ではさまざまな自然素材がおしり拭き用に使われてきました。たとえば、小石(エジプト)、とうもろこしの毛(アメリカ)、ロープ(中国など)、樹皮(ネパールなど)、海綿(地中海諸島)……。日本の古代から中世にかけては、籌木(ちゅうぎ)と呼ばれる木片が主に使われており、海に面した地域では海藻もよく使われていたようです。日本でおしり拭きに紙が使われるようになったのは、庶民レベルでは江戸時代になってから。今のようなロール状のトイレットペーパーは、19世紀後半にアメリカで発明されたもので、日本でも大正時代の1924年には製造が始まっているそうです。しかし、一般に広く普及したのは、筆者の感覚では1970年代以降のように思います。それまでは、ロールではなく長方形に裁断された「ちり紙」が使われていました。
古谷田奈月「ジュンのための6つの小曲」の項でも書いたように、トイレットペーパーとティッシュペーパーは使い捨てにせざるを得ない紙の代表選手。マチジョーたちのような、自然にそのままある素材を使った方が環境にいいことは間違いありません。トイレットペーパーなどの紙を漉くには大量の水も必要とします。それでも、最近は再生紙100%のトイレットペーパーであっても漂白剤や蛍光剤を使わず、徹底的に繊維を細かくして洗ったり泡にインクを吸着させるなどして脱墨し、自然な白さと柔らかさを実現している商品もたくさん出ています。日本の優れた製紙技術に感謝しつつ、同じトイレットペーパーなら少しでも環境負荷の低い製品を選びたいものです。


ごみと文学CONTENS


01島本理生「ナラタージュ」(2005年、角川書店)


02夏目漱石「三四郎」 (1948年 新潮文庫)


03太宰治「斜陽」
(1950年 新潮文庫)


04川端康成「みずうみ」
(1960年 新潮文庫)


05湯本香樹実「夏の庭」
(1994年 新潮文庫)


06村上春樹「羊をめぐる冒険」(2004年 講談社文庫)


07綿矢りさ「インストール」
(2005年 河出文庫)


08佐藤多佳子「黄色い目の魚」
(2005年 新潮文庫)


09小川洋子「博士の愛した数式」
(2005年 新潮文庫)


10森絵都「風に舞いあがるビニールシート」(2009年 文春文庫)


11瀬尾まいこ「幸福な食卓」
(2004年 講談社)


12絲山秋子「アーリオ オーリオ」(2007年 講談社文庫『袋小路の男』所収)


13湯本香樹実「岸辺の旅」
(2012年 文春文庫)


14椰月美智子「体育座りで、空を見上げて」
(2011年、幻冬舎文庫)


15魚住直子「未・フレンズ」(2007年 講談社文庫)


16梨木香歩「西の魔女が死んだ」(2001年 新潮文庫)


17三浦しをん「月魚」(2004年 角川文庫)


18スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り」(2011年 岩波現代文庫)


19山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(2012年 新潮文庫)


20村上春樹「騎士団長殺し」(2017年 新潮社)


21森絵都「みかづき」(2016年 集英社)


22アントニオ・G・イトゥルベ「アウシュヴィッツの図書係」(2016年 集英社 小原京子訳)


23吉本ばなな「哀しい予感」(1991年 角川文庫)


24小川糸「つるかめ助産院」(2012年 集英社文庫)


25東直子「いとの森の家」(2017年 ポプラ文庫)


26越谷オサム「いとみち」(2013年 新潮文庫)


27瀬尾まいこ『春、戻る』(2017年、集英社文庫)


28有川浩「キャロリング」(2017年 幻冬舎文庫)


29藤岡陽子「晴れたらいいね」(2017年 光文社文庫)


30西加奈子「サラバ!」(2017年 小学館文庫)


31村山由佳「天使の柩」(2016年 集英社文庫)


32古谷田奈月「ジュンのための6つの小曲」(2017年 新潮文庫)


33古谷田奈月『無限の玄(げん)/風下の朱(あか)』(2018年 筑摩書房)


34梨木果歩「沼地のある森を抜けて」(2008年 集英社文庫)


35中脇初枝「神に守られた島」(2018年 講談社)