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人間が生きることと切っても切り離せない「ごみ」。

当然ながら、人間の生を描く文学作品の中にも、しばしば「ごみ」が登場します。

このコーナーでは、文学作品の中で描かれている「ごみ」を切り口にして、

ちょっと変わった視点からごみ問題を考えていきます。

 

 

01・島本理生「ナラタージュ」(2005年、角川書店)

「家を出ると、さすがに鼓動が高くなって緊張してきた。改札を通って駅に入った。ホームに着いてからゴミ箱に日記を捨てた。」

引用したのは、主人公の工藤泉が高校3年のとき、いじめに耐えきれず自殺しようとする場面です。そんな泉を絶望の淵から救ってくれたのが、彼女が所属する演劇部の顧問・葉山先生。互いに惹かれあいますが、卒業を期にいったんその関係は終止符を打ちます。しかし、大学2年生になったある日、葉山先生から「演劇部の人手が足りないので手伝ってほしい」と電話があり、再会を果たします。本作品は、2人の間の激しく揺れ動く感情を繊細に描いた恋愛小説の名作です。
さて、引用文についですが、死んでしまえばいいんだと考えた泉は、「なにもない荒野をただ冷たい風が抜けていくような、そんな解放感」に包まれ、鞄に日記を入れていつものように家を出ます。日記をごみ箱に捨てる行為は、言うまでもなく自分の過去を清算し、自分の存在を過去も未来も含めてゼロにしようとすることを意味するのでしょう。さらに言えば、自分そのものがたった1冊の日記に閉じ込められてごみ箱に捨てられてしまうようなちっぽけな存在だったのだという思いも、この行為に込められていたのかも知れません。
どんなごみも、最初からごみだったわけではありません。何らかの形で自分とつながっていたものを、自分から切り離すというのが、ごみを生み出すということの意味です。そう考えると、ごみが増えたのは自分とのつながりが感じられない物が身の回りに増えたため、とも言えるのではないでしょうか。死を覚悟して日記を処分した泉のケースは極端だとしても、捨てようとするものに対する思いがあれば、ごみになったとしても少しは浮かばれるような気がします。それは単に要らなくなったものではなく、自分にとっての役目を終えたものだから。

 

 

02・夏目漱石「三四郎」(1948年 新潮文庫)

「三四郎は空になった弁当の折を力一杯に窓から放り出した。女の窓と三四郎の窓は一軒置の隣であった。風に逆らって抛げた折の蓋が白く舞戻った様に見えた時、三四郎は飛んだ事をしたのかと気が付いて不途女の顔を見た。」

「散々食い散らした水蜜桃の核子やら皮やらを、一纏めに新聞に包んで、窓の外へ抛げ出した。」

2つの引用文の「窓」とは、いずれも汽車の窓です。三四郎が大学で学ぶため九州から上京する、「三四郎」冒頭の場面。1つめの引用文では空になった弁当の折、2つめは水蜜桃(桃の一種)の種や皮を新聞紙で包んだものを、それぞれ汽車の窓から外へ投げ捨てているのです。今では考えられないことですが、この小説が発表された明治41(1908)年当時は、特に珍しいことでもマナー違反の行為でもなかったと考えられます。その証拠に、窓外へごみを捨てたことについて、周囲の乗客の誰も非難の言葉を口にしていません。また、弁当の折を投げたのは三四郎ですが、水蜜桃を投げたのは乗り合わせた四十がらみの男(後に広田先生であることが判明します)です。田舎者の三四郎の非常識な行為という文脈で描写されたのではないことがわかります。
ここで登場する弁当の折箱は、もちろんプラスチック製ではなく、経木(きょうぎ)と呼ばれる木材を薄く削った板を折加工したものです。経木という名のとおり、もとは紙の代わりにお経などを記すのに使われていたようです。「折箱の歴史」というサイト(http://www.acta-web.co.jp/contents/history_01.html)を見ると、次のような説明がありました。
「最初の鉄道が新橋・横浜間に開通したのは、明治5年9月12日。 明治天皇が試乗された日には、祝賀会に参加した数百人の関係者に、折箱入りの箱詰弁当が 配られたという記録が残っています。 このようにして折箱の弁当が普及し出すと、「折箱屋」の看板を掲げた専門の折箱業者が出現。 割り機による「へき折」も出てきました。しかし、鉄道網が発達し、折箱の需要が拡大してくると、量産に向かない割り機では需要に対応できなくなってきました。 そこで明治の中頃からは、銀台で削る厚経木の製造へと改良されていきました。」
つまり、三四郎が上京した頃には、すでに量産型の経木弁当折箱が流通していたと考えられます。使い捨て容器のはしりですね。とはいえ、こうしたものを窓から投げ捨てることが問題にならなかったのは、水蜜桃も新聞もそうですが、有機性廃棄物だったからでしょう。有機性廃棄物はよほど条件が悪くなければ、1年もたたずに分解され土に還ります。また、当時は鉄道沿線に市街地が形成されておらず、ごみを投げても住環境への影響が少なかったという事情もあるでしょう。
ところで「三四郎」は、夏目漱石が「余裕派」と文壇に軽視されていた時代から、人間の本質を抉り出す近代小説の代表作家へと移行する節目の重要な作品です。三四郎と美禰子の間を行き来する微妙な感情の動きを柱とする青春小説であるとともに、当時の知識階級の意識や課題を追究した物語でもあります。作品の中で何度も出てくるキーワード「ストレイ・シープ(迷える羊)」は、読み返すたびに重層的な意味をもって迫ってきます。

 

 

03・太宰治「斜陽」(1950年 新潮文庫)

「かず子、着物を売りましょうよ。二人の着物をどんどん売って、思い切りむだ使いして、ぜいたくな暮らしをしましょうよ。私はもう、あなたに、畑仕事などさせたくない。高いお野菜を買ったっていいじゃないの。」

斜陽族という流行語も生んだ、太宰治の代表作の1つです。爵位を持つ家柄に生まれ、ごく自然なふるまいがすべて高貴に映る本物の貴婦人を母として、何不自由なく育った「私」(かず子)。父の死後は叔父の経済的な庇護を受けますが、敗戦に伴う民主化で叔父の財産の多くが没収されたため、東京の邸宅を売り払って、伊豆の山荘で母との二人暮らしを始めます。弟の直治は戦争で召集され、戦後も安否が不明なまま。働き手のいない家は蓄えが減っていくばかりです。
ある日、かず子は母から、直治が生きて帰ってくること、しかし重度のアヘン中毒にかかっていることを聞かされます。3人での苛烈な暮らしを心配する母は、どこかへ嫁ぐか宮様の家へ奉公して新しい生活をするよう勧めますが、母と暮らしたいと泣くかず子の心情を察して、引用文のような提案をするのです。
今でいう衣類のリユースです。丁寧に手作りされた着物は、大量生産された現在の服とは比べ物にならない価値がありました。また、高度経済成長以前、特に敗戦直後の混乱期は経済市場の規模そのものが小さく地域ごとにある程度完結していたため、着物を少しずつ売ることで、田舎暮らしの小家族の家計は十分賄うことができたのでしょう。少し後には、農家の娘が米を背負ってかず子の家を訪れ、米の対価として娘に「約束どおりの衣類を差し上げ」る場面が出てきます。
その後の経済成長によるごみの激増を見ると、市場の拡大と大量生産の仕組み自体が大量廃棄を前提にしている(前提にせざるを得ない)ことを実感します。しかしそういった社会の流れ以前に、かず子の一家は崩壊していきます。母は病に倒れ、直治はアヘンの代わりに酒に溺れたあげく自殺。1人になったかず子は愛人の子をお腹に宿し、母子2人で生きていく決意をするところで物語は終わります。
「斜陽」は、太宰の生まれ育った境遇が色濃く反映された小説であるとともに、戦中から戦後にかけての身分制社会の変遷とそれを背景とする思想的変遷を、見事に登場人物の生の中に写し込んだ作品でもあります。そうした普遍性が、数多くの読者の心を捉えたのでしょう。最後の場面、かず子は愛人に向けた手紙で「こいしいひとの子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成なのでございます」と記します。革命という言葉が、良くも悪くも今よりずっと身近であった時代のお話です。

 

 

04・川端康成「みずうみ」(1960年 新潮文庫)

「銀平は風呂敷包を勝手口のごみ箱に入れた。さばさばした。避暑客の不精か別荘管理人の怠慢か知らないが、ごみ箱は掃除してなくて、風呂敷包をおさえこむと、しめった紙類の音がした。ごみ箱のふたは風呂敷包で少し持ちあがっていた。銀平は気にかけなかった。」

桃井銀平は、教え子である久子との恋愛が発覚して学校を退職した元教師。美しい女性を見かけると後をついて行かずにはいられない性癖があり、久子との関係もそれが始まりでした。久子と別れてからも同じことを繰り返し、ある日そうやって追いかけた女性からハンドバックで殴られます。振り回した拍子にその手から離れたハンドバッグを放置して、女性は走り去っていきます。銀平はハンドバッグを持ちかえり、中に入っていた大金を自分のものにしてしまうのです。
犯罪者として追われるのではと怯えた銀平は、東京から軽井沢へと逃げ延び、新しく服を買いそろえてそれまで着ていたものを風呂敷に包み、その辺の目についた別荘のごみ箱にそれを捨てる――というのが引用文の状況です。
風呂敷包の中身は古着ですから、本来であればリサイクル・ショップ(ここでいうリサイクルとは、リユースと区別して使う「再生利用」の意味ではなく、広く「要らなくなったものを有効活用すること」の意味です)に売ったりしてリユースするか、ウエスの材料などとしてリサイクルするのが望ましいのですが、もちろん銀平にそんな余裕はありません。なお、ウエスとは機械器具類などを拭くのに用いる雑巾代わりの布のことですが、語源はウェイスト(waste)、つまり「ごみ」そのものを指します。
「みずうみ」という柔らかなタイトルに、「雪国」や「伊豆の踊子」のような抒情的な世界を想像して読み始めると、見事に期待を裏切られることになります。文庫版解説の中村真一郎はこの作品を、「もはや、デカダンスの底」と評しています。銀平の言動は救いようのないほど暗く濁っており、ごみ箱に風呂敷包を捨てる引用文の描写も、まるで次から次へ自分のまとっていたものを捨てなければ社会に受け入れられないような現状を象徴しているかのようです。ただそれでも、「これも人間なんだ」と読み手に重い荷物を預けてしまうその手際は、さすが川端康成というよりほかありません。

 

 

05・湯本香樹実「夏の庭」(1994年 新潮文庫)

「たぶん寝坊ばかりしているのでゴミが出せないのだろう。そう思ったぼくは、思いきって玄関の前まで足を踏み入れ、そのへんにほうりだされたままのゴミ袋を集めはじめた。今日は月曜日。十メートルほど行ったところの電柱まで持って行けば、OKだ。ゴミ袋を持ち上げると、のら猫が抗議の声をあげた。すっぱいようなヘンなにおいがむっと立ち上る。おえっとなりそうなのをこらえて、猫に『しいっ。静かに』と言う。どうしてこんなヘンなにおいになるんだろう。答え。それは、ものが腐ったから。」

「夏の庭」は児童文学の傑作であり、大人にとっても十分すぎるほど読みごたえがあります。むしろ、今こそ1人でも多くの大人たちにこの作品を読んでほしいと強く願います。小学6年生の「ぼく(木山)」と河辺、山下の3人組が、近所のおじいさんが死にそうだという噂を聞きつけ、死ぬときを見たいという不純な動機でおじいさんの家に通うようになります。最初は家の陰から見張っているだけでしたが、おじいさんに見つかってしまい、いつの間にか庭の草取りや壁のペンキ塗りなどを手伝うはめに。でも、そうやって庭や家がきれいになるのが楽しくて、進んで庭にコスモスの種を蒔いたりするようになります。一方、はじめはこたつに入ってテレビを見ているだけだったおじいさんも、3人に憎まれ口をたたきながら自分でもせっせと働くほど元気になります。
こうした奇妙な交流が始まるきっかけとなったのが、引用文のごみ袋です。おじいさんは一軒家に1人暮らし。十メートル先の収集場所へ運ぶのも面倒で、ついついごみ袋がたまってしまいがちになります。生ごみが腐って悪臭を放つそれらを、「ぼく」は放っておけなくなり、ついごみ出しを手伝おうとしたところを、おじいさんに見つかってしまうのです。
このおじいさんのような独居高齢者に登録してもらい、登録された世帯には収集員が玄関までごみを取りに行く「ごみ出し支援」のサービスが、今では多くの自治体で行われています。1996年に大阪市が始めた「ふれあい収集」が、全国の先駆けとなりました。なかには、ごみ袋を持ち出す際に一声かけて安否を確認する、見守りも兼ねた仕組みにしている自治体もあります。またこうしたサービスは、いわゆる「ごみ屋敷」になるのを未然に防ぐ意味でも有効です。
特に集合住宅の高層階に住む独居高齢者は、ごみステーションまでが遠いのでごみ袋を室内にためてしまいます。今度の収集日に出そうと思っているうちに1回では運びきれない量になり、よけいごみ出しが面倒になるという悪循環に陥ります。部屋がごみで一杯になると廊下、しまいにはお風呂までごみ置き場になり、買い物に出かけることもお風呂に入ることもできなくなって、最悪の場合命に関わる事態に。こうしたごみ屋敷問題の深刻さに気付き、早くから取り組んだのが大阪府豊中市です。社会福祉協議会が中心となって市の清掃部門や福祉部門と連携をとり、ご近所にも協力をお願いしてたまったごみを処分するだけでなく、また同じ状況に陥らないようしっかりと介護サービスにつなげていくという取り組みです。
「夏の庭」に話を戻すと、おじいさんとすっかり仲良くなった3人組ですが、4日間のサッカー合宿を終えて会いに行くと、おじいさんは眠るように亡くなっていました。小学校卒業を控えたラストシーン、3人はそれぞれの道に分かれていくことになります。そのとき、「もう夜中にトイレに行くのも怖くない」という山下くんはこう叫びます。
「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ、それってすごい心強くないか!」

 

 

06・村上春樹「羊をめぐる冒険」(2004年 講談社文庫)

「『何故投げたんだ?』
『理由なんてないよ。12年前からずっと投げてる。半ダースまとめて投げたこともあるけど、誰も文句は言わなかった』『昔は昔だよ』と警備員は言った。『今はここは市有地で、市有地へのゴミの無断投棄は禁じられてる』」

主人公の「僕」が久しぶりに故郷の町を訪れ、かつて海だった埋立地の堤防跡に座って缶ビールを飲みます。その空き缶を雑草の生い茂る埋立地に放り投げたところ、警備員に咎められたというのが、引用文のシチュエーションです。
廃棄物処理法第16条で「何人もみだりに廃棄物を捨ててはならない」と規定されており、違反した場合は同法第25条の14により5年以下の懲役または1千万円以下の懲役に処せられます。これは同法の罰則の中で最も重いものであり、不法投棄がいかに重大な犯罪であるかを示しています。投棄した場所が市有地であろうが民有地であろうが、投棄したものが産業廃棄物であろうが一般廃棄物であろうが関係ありません。
したがって、主人公の行為に弁解の余地はありません。ただ、彼が20代最後の6月の夜、そこで空き缶を思いっきり放り投げた行為には、「理由なんてない」と言いながらもいくつかの意味が込められているように思います。1つは変わってしまった故郷の風景と遠ざかってしまった海を自分の4年間の変化と重ね合わせて、いろんなものと決別しようという思い。もう1つは、巨大な社会システム、否応なく過ぎていく時間の中で自分の無力さを確かめようとする想いです。
「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」に続く青春三部作の完結編と位置づけられる本作品は、星形の斑紋を持つ羊を探し求める旅が物語の軸となっています。その旅のきっかけとなったのは、故郷の町で飲み仲間だった「鼠」からの手紙と、同封されていた1枚の写真であり、数年ぶりに故郷を訪れたのも鼠からの伝言をその元彼女らに伝えるためでした。探し求めていた羊は、戦時中に羊博士と呼ばれる農林省のエリートの体内に入り込んで大陸から日本に渡り、右翼の大物の体内に移って日本を裏で支配するようになります。羊は、まさに「僕」の存在を縛る社会システムの象徴でした。その意味で、この物語は単に虚構と切り捨てることのできないリアリティを読み手にもたらします。雑草の生い茂る埋立地に放り投げられた空き缶も、そうしたリアリティをより強める素材の1つとなっているのかも知れません。

 

 

07・綿矢りさ「インストール」(2005年 河出文庫)

「機械を抱えたままなんとか外に出て、エレベーターを使って1階まで降り、キーボードを何回も落としながらマンションの住人専用の駐車場を通り抜け、目的地のゴミ捨て場にやっと着いた。2階建ての巨大な駐車場に陽の光を遮られているゴミ捨て場である。マンションの中にいたときは健やかに息づいていた物も、ポリ袋に包まれてここに落とされた途端、光を失い音楽を失い、淋しく死ぬ。」

高校生活をドロップアウトすることに決めた17歳の朝子は、部屋にあるものをすべて捨てようと思い立ちました。壊れたパソコンを最後に、やっとすべてのものをごみ置き場に運びこみ、自分に必要なのは「こんなふうにゴミ捨て場へ逃げ出すのではなく、前進」なのだとわかってはいても何もできない自分を持て余します。そこへ現れた小学生の「かずよし」。修理して使うからとパソコンをもらい、ついでにここは普通ごみ置き場で粗大ごみ置き場は別の場所だと朝子に教えて去っていきます。
夜中までかかって大量のごみを粗大ごみ置き場に運び直した朝子は、数日後かずよしに再会し、直したパソコンを使ってアルバイトをしないかと持ちかけられます。そのバイトとは、人妻の「みやび」になりすましてエッチな話題で客とチャットを行うというもの。興味が勝って誘いに乗った朝子は、かずよしと2人で大人の世界を垣間見ていく……というストーリーです。
ごみ置き場に持ち込まれたのは、記述があるだけでも、本棚、椅子、扇風機、マンガ本(「バガボンド」1~9巻)、MDウォークマン、そしてパソコン。今これらをごみに出そうとすると、パソコンは2003年10月に施行された改正資源有効利用促進法に基づいてパソコンメーカーにゆうパックで送るか、2013年4月に施行された小型家電リサイクル法に基づいて地元自治体の回収拠点に持ち込むか。MDウォークマンや扇風機も小型家電リサイクル法の対象になるでしょう。マンガ本はブックオフなどに売ってリユースするのがいちばんですが、近くに引き取ってくれるお店がなければ古紙回収に出します。椅子や本棚は一般的には粗大ごみになると思われます。最近は粗大ごみの収集を有料化している自治体も多く、その場合は事前にリサイクル券などを購入することになります。また、組み立て式の木製家具の場合、分解して金具類をすべて外せば、大きさによっては可燃ごみ(普通ごみ)として出せる自治体もあるかも知れません。
「インストール」が書かれたのは2001年ですから、マンガ本を除いてはすべて粗大ごみ扱いだったと考えられます。文章から想像すると、普通ごみ置き場はマンションの敷地内にあってマンション居住者専用ですが、粗大ごみ置き場はマンション以外の近隣住民と共用のステーションであるように思われます。
それはさておき、部屋にあったすべてのものをごみ置き場に運び終えた朝子は、ごみの山に埋もれて「掃除の時の活気はどこへやら、私もゴミ化している」と嘆きます。しかしすぐ続いて、「私は死にたーい、と思った。しかし私はそれが嬉しいのである。ほのかにそんな落ちぶれた自分を格好良く思いながらわくわく、私はさらに寝転がってみた」。学校へ行くことをやめ、自分の部屋を空っぽにし、足場を自ら取り払ってごみと一体化した自分。おそらく17歳だからこその奇妙な解放感が、生き生きと伝わってきます。
自分をインストールするために始めたエロチャット嬢のバイトは1か月で終了し、朝子はまた学校へ通うことを決心します。基本的には何も変わっていないのですが、ただ「もう全部無価値だ、時間も若さもお金も」という思い、それらはすべて「しゃらくせぇ」という思いが彼女を捉えます。斬新で奇抜な道具立ての陰にある生への冷静かつ大局的な視点こそが、この作品を50万部のベストセラーにしたのだと感じました。

 

 

08・佐藤多佳子「黄色い目の魚」(2005年 新潮文庫)

「俺は波打ち際まで行って、しゃがんだ。引き潮で波打ち際はゴミが目立つ。割れた貝殻や丸い石、プラスチックや缶のゴミ。その雑多なブツを海は運び上げては、じゃぶじゃぶと波でなぶっている。」

俺(木島)は、サッカー部のゴールキーパーで、絵を描くのが大好きな高校2年生。同級生をモデルに人物の写生をする美術の授業でたまたまペアになったのをきっかけに、村田みのりとの付き合いが始まります。ある日、妹が中年男性との恋を親に咎められて家出し、心労の中で出場した練習試合では自らのミスで敗れ、あげくにチームメイトと喧嘩。引用文は、心配して声をかけてきたみのりと2人で、近くの海岸にたたずむ場面です。実は、練習試合でミスしたのは妹の失踪だけでなく、もう1つの原因がありました。毎日深夜までみのりの姿を絵に描くのに熱中し、寝不足が続いてサッカーに実が入らなくなっていたのです。
2人はしばらく黙ったままで、木島は砕ける波を、みのりは彼方の水平線を、じっと見つめます。波になぶられて行き場がないまま揺られ続けるごみたちは、長い沈黙の後で「マジになるのに失敗したんだ」と告白する木島の心象風景そのものだったように感じます。
海岸の漂着ごみは、日本全国で大きな問題となっています。筆者が先日訪れた鳥取県の海岸では、巨大なコンクリートの防潮堤で閉ざされた海岸の最奥部を、漂着ごみが積み重なって長い帯となっていました。いちばん多いのはプラスチックで、発泡スチロールなどは波に揉まれたり岩に打ち付けられたりするうちに粉々になり、もはや回収不能の状態です。以前訪れた沖縄県宮古島では、市民グループが定期的に海岸の清掃活動を行い、行政も回収ごみの収集や活動の広報などの面で協力しています。こうした動きは各地で活発化していますが、とても追いつかないほど次から次へとごみは漂着し続け、また前述のように細かく砕けたプラスチックごみなどは人の手をすり抜けて海中に漂い、海鳥や魚介類に大きな影響を及ぼします。
佐藤多佳子は「一瞬の風になれ」や「サマータイム」で知られますが、本作品もそれらの有名な作品に勝るとも劣らない感銘を与えてくれる、純度100%の青春小説です。物語は小学生だった木島が離婚してしばらく音沙汰のなかった父親に会いに行く場面から始まり、1章ごとに木島とみのりの独白が入れ替わる形で進行していきます。読者は、「いつ2人は出会うんだろう」「この場面、みのりはどう思ったんだろう」などと想像を膨らませながら読み進めていける仕掛けです。
みのりは人との衝突を恐れず、芯の強さともろさを併せ持った高校生です。彼女が友人に送った手紙に、こんな一節があります。
「私、クレーンやパワーショベルなんかを運転する人になりたい。しっかりした技術を身につけて、やれることだけちゃんとやって、毎日、おっかねえ顔で暮らしたいんだ。笑いたいときにだけ、少し笑うんだ」
なんてまっすぐな、汚れのない言葉でしょうか。読むのを中断して涙をこらえながら余韻に浸りたくなる、宝物のようにきらきらと輝く言葉に出会う瞬間が、この本にはいくつも用意されています。

 

 

09・小川洋子「博士の愛した数式」(2005年 新潮文庫)

「乱雑で秩序のない部屋だったが、居心地は悪くなかった。仕事机の下に落ちた大量の抜け毛を掃除機で吸い取っていても、崩れた書物の棚から、黴の生えたアイスキャンディーの棒やフライドチキンの骨が現れても、さほどぎょっとはしなかった。

たぶんそこに、かつて味わった経験のない種類の、静けさが宿っていたからだろうと思う。ただ単に物音がしないというのではなく、数の森をさ迷う時、博士の心を満たす沈黙が、抜け毛や黴に侵されることなく、幾重にも塗り込められているのだった。森の奥に隠れる湖のように、透明な沈黙だった。」

家政婦の「私」が新たに派遣されたのは、交通事故の後遺症で記憶が80分しかもたない、64歳の数論専門の元大学教員の家。毎朝訪ねるたびに、博士は挨拶代わりに「君の靴のサイズはいくつかね」と聞き、「24です」の返事に「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」と同じ反応を示します。外界との交流をほとんど絶った博士の唯一の仕事は、数学専門雑誌の懸賞問題を解くこと。そして、「数字は相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーでもあった」のです。
冒頭の引用文からは、数字以外のことには全く興味のない博士が部屋を散らかし放題にし、ごみもそのへんに放置したままで過ごしていることがわかります。また、そんな博士の部屋を掃除するのが家政婦の仕事であることはもちろんですが、「私」が単なる仕事を超えて博士に温かい目を注いでいることがうかがえます。当人を除くすべての人にとってごみ以外の何物でもなくても、そこに彼と共に存在する限り彼の世界の一部であることを、「私」はよく認識しています。
ただ、「私」が本当に博士と信頼関係を築けたのは、10歳の1人息子が放課後を博士の家で過ごすようになってからです。博士は息子をルートと名付け、勉強を見てやったりするようになります。母一人子一人で育ったルートも、新しい家族のように博士との関係を大切にします。3人でプロ野球の試合を見に行ったり、ルートの11回目の誕生日を3人で祝ったりするうちに、その絆は80分という記憶のリミットに負けない確かなものになります。もちろんその過程は試行錯誤の連続であり、ルートと「私」は困難に直面するたびに、博士とどうしたら気持ちを通じ合えるかを学んでいくのです。
熱烈な阪神ファンであった博士が事故に遭った当時、最大のヒーローは江夏豊でした。その背番号28に隠された秘密が説明される場面など、読者も「私」と一緒に数字の魔力と美しさに魅了されます。
愛をテーマとした物語とはいえ、その形は数字という一見無機質な記号を導きの糸にした非常に特殊なもので、若い男女のラブストーリーのような劇的、官能的な描写は当然ながら少しも見られません。小川洋子の筆致もあくまで端正かつ冷静で、静謐な空気が全編を支配しています。このような小説が第1回本屋大賞に選ばれ、10年以上にわたって多くの人に読み継がれていることに、この世界もまだまだ捨てたものじゃないという安堵を覚えます。

 

 

10・森絵都「風に舞いあがるビニールシート」(2009年 文春文庫)

「『あなたは怖いもの知らずの勇者でありたい。いつでもすべてを投げだしてフィールドへ飛んでいける身分でいたい。だから妻だとか家庭だとか子供だとか、そんなお荷物はまっぴらごめんなのよ。あなたが守らなきゃならないものも、あなたを守ろうとするものも』

『聞いてくれ、里佳。たしかにそれもあるかもしれない。でも、それだけじゃないんだ』
『ほかになにが?』
『ビニールシートが……』
『え?』
『風に舞いあがるビニールシートがあとを絶たないんだ』」

ビニールシートについて語り出したのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の専門職員、エド。スーダン、ザイール、アフガンなどの紛争地域にどっぷりと入り込み、難民の保護や帰国支援を行う苛酷な仕事です。コソボから一時帰国したエドに、妻で同僚の里佳は次の勤務地にフィールドでなく東京事務所を希望してほしいと訴えます。エドの子供を産み、たとえ数年でも家族3人の温かい暮らしをしたかったからです。しかし、エドはそれを断ります。
ここでビニールシートに例えられているのは、難民たちです。エドはこう続けます。
「僕はいろんな国の難民キャンプで、ビニールシートみたいに軽々と吹きとばされていくものたちを見てきたんだ。人の命も、尊厳も、ささやかな幸福も、ビニールシートみたいに簡単に舞いあがり、もみくしゃになって飛ばされていくところを、さ。暴力的な風が吹いたとき、真っ先に飛ばされるのは弱い立場の人たちだ。(中略)だから僕は思うんだよ。自分の子供を育てる時間や労力があるのなら、すでに生まれた彼らのためにそれを捧げるべきだって」
離婚届にサインしたエドはコソボへ戻り、数年後、アフガンで銃を向けられた少女を庇って命を落とします。たった1枚の小さなビニールシートであっても、それが風に飛ばされてごみになることを防ぐのは全身全霊を賭けるに値する使命だったのだと思います。
ラストシーンでは、比喩ではない実物のビニールシートも登場します。エドを亡くして茫然自失の日々を送っていた里佳を励まそうと、上司や同僚が職場近くの公園で花見会を催したのです。満開の桜に包まれて「やはりこの国は平和でいい。平和ボケ万歳だ」と実感した里佳は、胸の中でこう祈ります。
「どうかこの美しさが、すばらしさが永遠に続きますように。彼らがその下に敷いたビニールシートをしっかりと大地に留め、荒ぶる風に抗いつづけますように――」
全編を通して直接的なごみは描かれていません。にも関わらず、いつも頭の片隅にこの物語をとどめておくことは、ごみ問題を考えるうえでとても重要なことだと考えるのです。1つは、本当はかけがえのない大切な存在なのに、大きくて目立つ力の前でついないがしろにされてしまうようなさまざまなもののメタファーとして、ごみを捉えることができるから。もう1つはもっと直截的に、難民問題とごみ問題は人間の本質の部分でつながっていると思えるからです。
直木賞を受賞した「風に舞いあがるビニールシート」は、6編からなる連作集。表題作以外もすべて、真摯に生きる人たちを淡々と、しかも慈愛に満ちたタッチで描いた胸に深く残る作品です。また、森絵都という作家は児童文学でも知られます。とりわけ「つきのふね」「宇宙のみなしご」は、こんなに美しくワクワクドキドキする物語世界があったのかと驚く、そして、この作品に巡り合えただけでも生まれてきて良かったとさえ思える名作です。文章力、構想力、取材力、感性、どれをとっても間違いなく近現代を通して日本を代表する作家であり、もっともっと多くの人に読まれてほしいと痛切に思います。

 

 

11・瀬尾まいこ「幸福な食卓」(2004年 講談社)

「クリスティーヌは簡単によろけて、変な声を挙げた。その声に直ちゃんが飛んできた。直ちゃんはクリスティーヌの悲しそうな顔を見ると、手近にあったゴミ箱を私に投げつけた。 『何するのよ』  朝っぱらから、ゴミ箱を投げつけられた私は頭に来て叫んだ。 『クリスティーヌをいじめるからだ』  直ちゃんはそう言いながらクリスティーヌを抱きかかえた。そんなに思い切り蹴飛ばしたわけじゃないのに。ゴミ箱はプラスティックで痛くはなかったけど、こんな目に遭わされることが悔しくて涙が出た。」

「私」は中学2年生の佐和子。直ちゃんは社会人の兄。クリスティーヌは兄が飼っている鶏(笑)です。5年前の梅雨どき、父が自殺未遂を起こして以来、佐和子は梅雨になると胃の痛みに襲われ食欲もなくなります。そんなある朝、何も食べず出かけようとする佐和子の足下をつつき回すクリスティーヌを、いらいらして思わず蹴飛ばしてしまい、それを見咎めた直ちゃんにゴミ箱を投げつけられるというのが、引用文の場面です。
こう書いていくと、完全に崩壊した険悪な雰囲気の家庭のように思ってしまいますが、実はとても仲のいい家族で、佐和子と直ちゃんが喧嘩したのも全編中この場面だけです。お母さんはお父さんの自殺未遂以来精神的に参ってしまい、今はアパートで独り暮らしをしていますが、毎日のように夕食を作って届けるなど、家族4人の絆はしっかり保たれています。 作品の冒頭で、お父さんは「今日で父さんを辞めようと思う」と宣言し、中学校教師を退職して薬剤師を目指すため受験勉強を始めます。なぜ彼が自殺しようとしたのかは明らかにされませんが、父としての役割を重荷に感じていたことが推察されます。とはいえ、父さんを辞めるとどうなるかは自分でもわかっておらず、せいぜい子供たちに「父さんじゃなくて弘さんと呼んでくれ」と頼むくらい。
むしろ作品を通して感じられるのは、家族4人とそれぞれの友人・恋人など関わりのある人たちに向けられる、お互いの温かいまなざしです。直ちゃんが恋人とうまくいかなくなったり、くじで学級委員になった佐和子がクラスをうまくまとめられなくて孤立したり、小さな波風が立っても、知恵を出し合い助け合うことで乗り切ります。最後の章では、佐和子の恋人・大浦くんの事故死という大きな悲劇が待ち受けていますが、彼女を絶望から救い出すのも家族や友人たちです。登場人物の1人ひとりが重いものを心の中に抱えており、それを無理に隠そうとせずときにはわがままな言動に出てしまうにも関わらず、読み終わった後には陽だまりのような心地よさが残ります。
引用文の場面、佐和子の体調不良とそれに起因する心理的な不安定さは、自分の意思ではコントロールしきれないもので、客観的に見れば心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言えるでしょう。佐和子がなぜ蹴ったりするのか、十分すぎるほどわかっているはずの直ちゃん。それでも思わずカッとして、怒りのはけ口に利用されたのが、たまたま足元にあったごみ箱です。プラスチック製で軽くて小さな、「くずかご」と呼ぶほうがいいようなごみ箱は、どこにでもあって周囲への悪影響を最小限にとどめつつ確実にストレスを発散できる、非常に便利な道具なのかも知れません。
ごみ箱(くずかご)は、どの家庭にも2つや3つは置いてあると思います。部屋ごとに1つというお宅も珍しくないでしょう。でもほとんどの場合、ごみ箱の数が多いほどごみの量も増えることになります。手近にあると、本来であればリサイクルできる紙切れなども、つい丸めて捨ててしまいやすくなるからです。プラスチック製容器包装の分別も不徹底になりがちです。多少面倒でも、ごみ箱の置き場所は1か所に集約し、その代わりその場で分別できるようにしておくといいでしょう。最近ではおしゃれなデザインの家庭用分別ボックスもたくさん売られています。

 

 

12・絲山秋子「アーリオ オーリオ」(2007年 講談社文庫『袋小路の男』所収)

「モニタに映し出されるクレーンは、広い海底に棲む巨大な蟹のように、気まぐれにごみバンカを撹拌している。ごみバンカから可燃ごみをすくい上げて炉の入り口のホッパへと移動するクレーンの動きは一見不規則に見えるが、全てコンピュータで制御されている。コンピュータのトラブルでもない限り、哲がクレーン制御室で手動制御を行うことはないが、異常がなくても毎日二回は機械の点検に行く。現場は常に気温プラス12度の暑さで、臭気もあるからことに夏はこたえる。しかし元来機械いじりが好きだった哲は、現場作業が嫌でたまらないということはなかった。」

清掃工場(ごみ焼却施設)に勤務する地方公務員が主人公という、非常に貴重な作品です。アラフォーで独身の松尾哲は5年前、区役所の下水道課から清掃工場に異動となりました。夜勤もある苛酷な職場ですが、根っからの理科系で地道な仕事が好きな哲はそれを苦にせず、むしろ楽しみながら働いているように見えます。 唯一の趣味は天体観測で、ある日、姪の美由を連れてプラネタリウムに行ったことをきっかけに、哲と美由の文通が始まります。美由はおしゃれな服や街に憧れるごく普通の女の子ですが、文通によって宇宙の神秘に関心を持つようになり、少しずつ広い世界へと目を見開いていきます。哲も、美由の「私が死んでしまっても世界はこのままなのでしょうか。宇宙もずっとあるんでしょうか」という質問を受けて、宇宙の終わりについて改めて考えを巡らせます。
引用文でもわかるように、本作品ではごみ焼却施設とそこで働く作業員たちの様子が非常に細密に描写されています。冒頭にもこんな記述があります。
「燃焼状況などの細かい異常を示す信号が出ても、哲は慌てずモニタを注視する。それが起こりつつある異常なのか、許容範囲内に納まっていく現象なのかを判断するためだ。薬品の投入などはコンピュータから指令するが、それでも解決できないトラブルやアクシデントの時は自分で現場に降りて機械の調整をする。」
引用文の「ごみバンカ」は「ごみピット」とも呼ばれ、収集車が積んできた可燃ごみを貯めておく場所です。可燃ごみと言っても生ごみ、紙、プラスチック、ある場合にはゴム製品や金属類なども混入しており、その性状は極めて雑多です。それぞれに燃焼温度も熱量も異なるので、できる限り安定的に燃焼させるため、ホッパへ投入する前にクレーンでピット内のごみを撹拌し、ごみの品質の均等化を図るのです。コンピュータ制御の技術は日々進歩していますが、それでも世帯ごと、日ごとにまったく内容物の異なるごみを相手にするわけですから、技術者の知恵と経験に頼る部分はまだまだたくさん残されています。本文中でも、「清掃工場に転属になった時、哲はこの職場では想像していたよりはるかに広範囲の知識と、職人的な技術が必要とされることを知った」と記されています。
哲の仕事とストーリーそのものは無関係のように思いますが、深読みすれば、ごみという極めて人間的な存在と宇宙という人間を超えた存在とを対比しているようにも感じられます。ごみの焼却とは、人間が作り出したさまざまな物質を、燃焼という化学反応によって二酸化炭素や水蒸気などの気体とカリウム、カルシウム、マグネシウムなどの固体に分離し、気体を空気中に放散することでごみを減量・減容する処理方法のことです。結局、人間が経済活動と称してやっていることは、作っては燃やして埋め立てることの繰り返しに過ぎない。だとすれば、地球は巨大なごみ箱と化しつつあるのではないか。そのごみ箱が満杯になったとき、地球だけでなく宇宙(少なくとも人間にとって認識可能な宇宙)という存在もなくなってしまうのではないか。あるいは、ごみを燃やす行為によって人間は、すべての物質が素粒子に分解されて虚空に漂う宇宙の終わりへの道程をシミュレーションしているのではないか――そんなことさえ考えさせてくれます。

 

 

13・湯本香樹実「岸辺の旅」(2012年 文春文庫)

「電気製品のコンセントをぜんぶ抜いて、冷蔵庫の中身はチョコレートなど持って行けるわずかなもの以外、すべてマンションのごみ置き場に出した。」

私(瑞希)の夫・優介は3年前に失踪したまま行方不明でしたが、ある夜更け、夫の好きだった「しらたま団子」を作っているとき、気が付くと部屋の隅に夫が佇んでいました。自分の体は海の底で蟹に食われてしまったが、長い時間をかけて旅をしながら戻ってきたという夫と私は、彼が帰って来た道を遡るルートで旅に出ます。引用文は、出発に際して部屋を整理する場面です。何日かかるか、あるいは帰ってこられるかもわからない旅。冷蔵庫の中身はすべてごみとして処分しました。
可燃ごみの約3割(重量比)は生ごみが占めると言われます。生ごみが増える原因の1つが、冷蔵庫に入れたまま使い忘れてしまう食品や、まだ大丈夫と思っているうちに腐ったり黴が生えてしまう食品です。腐ったり黴が生えたりしていなくても、消費期限や賞味期限が過ぎてしまったため廃棄するというケースも多いでしょう。このように、本来は食べられるのにごみとして捨ててしまうものを「食品ロス」といい、数年前に農水省が推計したところでは、家庭系、事業系を合わせて年間500~800万トンの食品ロスが発生しているとされます。この多い方の推計である800万トンという数字は、なんと年間の米生産量にほぼ匹敵します。日本中の農家の方たちが苦労してつくったお米をすべて捨てているのが、今の私たち日本人の食生活であるということになります。
さて本作は、死んだ優介と生きている瑞希が、旅で出会うさまざまな人と交流を重ねながら2人で生きてきた日々を見つめなおす物語です。そこに未来は存在せず、行く先にあるのは優介の完全なる死のみ。瑞希がたどったのは、彼の死を自らの怒り、悲しみ、悔恨などとともに丸ごと受け入れるための、魂の旅路だったのでしょう。晩秋の午後の陽光に包まれて、明るく透き通っていながら徐々に暖かさが失われていく、そんな空気が全編を通してゆっくりと流れ続けているように感じます。
湯本香樹実という作家は、「夏の庭」「ポプラの秋」にも見られるように、生の中の死を真摯に、しかしあくまでも柔らかな視点で捉えようとしています。本作には生と死、此岸と彼岸を交錯させることでこそ見えてくる、深い示唆に富んだ言葉がいくつも散りばめられています。たとえば、次のようなものです。
「忘れてしまえばいいのだ、一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日1日のためにだけ使い切る。そういう毎日を続けていくのだ、ふたりで。」 「あの頃、時間はひとつづきの一本の棒のようなものだった。それが今はどうだろう。いろいろな時間がそっくりそのまま、別々に存在している。(中略)私が生まれるよりずっと前の時間も、死んだ後の時間もぜんぶ含めて、今の今、何ひとつ損なわれてなどいないのだ。」
それと、本作で印象的なのは、死者を呼び戻すきっかけとなった「しらたま」です。瑞希は優介のために、旅先でも白玉粉を常備し、何度か作って食べさせます。しらたまはもち米を原料とする白玉粉から作るもので、言うまでもなく有機物ですが、なぜか有機物由来の匂いや味をいっさい感じさせない、つまりどこか「生」と隔絶したような儚さをまとった食べ物です。この物語にこれ以上ふさわしい食べ物はあり得ないし、これ以外にふさわしい食べ物は1つとしてない、そんな唯一無二の存在としてしらたまを登場させただけでも、この作者の卓越した感性がわかります。

 

 

14・椰月美智子「体育座りで、空を見上げて」(2011年、幻冬舎文庫)

「教室の床は思っていたよりもかなり汚く、中学校はそれこそゴミだらけだった。メガネをかけてよかったのは、卓球の球がよく見えることくらいだった。」

中学1年、卓球部の和光妙子(わっこ)は、視力の低下が限界にきたため、メガネをかけるようになりました。友人の正美が遠くから手を振ったのに気が付かず、わざと無視されたと勘違いした正美からしばらくのあいだ避けられるという辛い経験をしたからです。
メガネをかけて視界がはっきりすると、見えなくてもいいものまで見えてきてしまいます。小さなごみもその1つ。目をこらさないと見えないほどの小さなごみですから、塵(ちり)と言ったほうがいいかも知れません。ところでこの塵という言葉、「ちり」ではなく「じん」と読むと仏教用語になります。「六境すなわち感覚器官の対象である色,声,香,味,触,法のことで,真実の心性をけがすことから塵と呼ばれている」(コトバンク)そうです。ごみを片付けることとは、汚れをなくして真実の姿に近づくことなのだと、改めて気づかされます。 「中学校が汚い」という妙子の印象は、塵があちこちに散乱しているためだけではありません。別の箇所では「中学生という、微妙な年齢のヒトの身体からはがれ落ちる汚れが、そこかしこにこびりついている気がした」と言っています。子どもから大人への移行期は、もう子どもには戻れず、かといって大人にはなりきれない、自分が何者でもないという絶望感、無力感に苛まれやすい時期でもあります。
この作品は、1980年代前半の神奈川県の地方都市にある中学校を舞台に、どこにでもいそうな女の子の3年間を描いた物語です。友達と喧嘩したり仲直りしたり、淡い恋心を抱いたり好きでもない男の子から告白されたり、先生の理不尽さに憤ったり、父母の何気ない言葉に傷ついて怒りを爆発させたり。あらゆる外界の刺激をまっすぐ敏感に受け取れるからこそ、大人からは理解できないほど感情の振れ幅が大きくなる年代です。その不安定な揺れ続ける気持ちを、80年代の空気感とともにリアルに丁寧に掬い取っていて、笑えるシーンもたくさんあるのにどうしようもなく切なくなります。
こんな一節があります。
「最終的に私という人間は、西岡中3年9組の和光妙子というふうに落ち着く。ちっちゃいなあと思う。でも現実はものすごく大きくて、私は飲み込まれそうなんだ。息継ぎできずに泳いでいるみたいで苦しいんだ」
1人ひとりの心の中に大きな世界が広がっていて、その中に入り込もう、世界の一部になろうともがく自我が内在している。人間とはなんとやっかいで、素晴らしい生き物なのだろうと思います。
「微妙な年齢のヒトの身体からはがれ落ちる汚れ」を、妙子が3年間ですっかり洗い落としたかというと、そんなことはありません。大人になるというのはきっとそういうきれいごとではなくて、落としても落としてもついてくる汚れを受け入れたり、汚れを汚れに見えないように取り繕う術を習得することなのかな、と感じます。もしそうだとしても、妙子が3年間正直に不器用に、自分も周囲も傷つけたりしながらその汚れと向き合った経験と記憶は、何よりの宝物です。

 

 

15・魚住直子「未・フレンズ」(2007年 講談社文庫)

「ゴミ収集車だ。少し先をのどかな音楽を鳴らしながらのろのろと走っている。と、急に左端に寄って止まった。ガーッと音を立てて後ろのふたがあき、運転席から作業着を着た人が降りてきた。は最後の力をふりしぼってゴミ収集車まで一気に駆けた。そしてアルバムを持った手を振り上げる。」

中学3年の深澄は、買ったばかりのコンパクトカメラでクラスメイトのマキのスナップ写真を撮り、偶然知り合った鈴木という男にプリントを見せます。美大の学生だという鈴木は、絵のヒントを得るためその子の写真が欲しい、別のアングルの写真も撮ってほしいと頼みます。落ち着いた雰囲気で難しそうな話をする鈴木に好感を持った深澄は、言われるままにマキの写真を何枚も撮り、鈴木に渡します。ところがその写真は、成人雑誌の「女子中学生の生写真売ります」の広告に掲載されたのでした。深澄は早朝、まだ鈴木が寝ているところを見計らって彼のアパートに侵入し、生写真が綴じられたアルバムを奪い、気が付いた鈴木に追いかけられながらも、寸でのところでごみ収集車に投げ込んで、写真が売られるのを防ぎました。
 深澄の両親は数年前に2人で独立してIT企業を立ち上げ、仕事に没頭する毎日。特に母親は、「中学生になれば自立した生活をするのが当然」が持論で、いっさい食事を作ったりせずお金だけを与えて放任し、父親はそれに何の疑いも挟まず追認します。一人っ子の深澄は、必然的に夜間も町中へ出かけて外食をしたりぶらついたりすることが多くなり、鈴木と知り合ったのもそれがきっかけでした。
大人の醜さをいやというほど見せつけられ、中学校でも孤高を保ちますが、ある日タイから来た13歳の少女チュアンチャイと出会い、友情が芽生えます。出稼ぎのため一家で来日したものの、父親が失踪し母親が病に臥せっているチュアンチャイは、当たり前のように家事一切をこなし、学校には行けなくても「物を書く人になりたい」という夢を抱いて家事の合間に独学を続けます。
そんな深澄とチュアンチャイの交流がこの物語の中心軸です。後半、日に日に容態が悪くなっていくチュアンチャイの母親の入院費を捻出するため、深澄は親の経営する会社を脅迫するという強硬手段で100万円を用立てます。母親はそのおかげで入院できたものの、末期の肝炎のためほどなく息を引き取り、絶望したチュアンチャイが崖から飛び降りようとするのを深澄が止めようとして巻き添えになり、2人とも大怪我を負います。 やっと出会えた心の通じ合える友を助けるための、あまりにも愚直だけど何の打算もない深澄の行動が、読む者の胸を強く深く打ちます。特に、深澄が退院するシーンは涙なしでは読めませんでした。先に退院することになった深澄は、病室の窓から顔を出したチュアンチャイを元気づけようと、病院の中庭でめちゃくちゃなダンスを踊りながら「お願い、一度でいいから笑って!」と叫ぶのです。
タイへ帰るチュアンチャイを空港で見送るラストシーン、2人の絆はいったん切れかかりますが、深澄はお互いにもっともっと知り合いたいと思い直します。違う人間どうしなのだから、100%理解し合えないのは当たり前なのに、人はつい何でも分かり合えるのが親友だと勘違いし、少しでも秘密があったりすると許せなくなるものです。永遠に100%まではたどり着けないことをわかったうえで、なおお互いにゆっくりと無理せずそこを目指そうとすることこそ友情なのだと、この作品は教えてくれます。
この作家には他に、「非・バランス」「超・ハーモニー」という、タイトルからして「未・フレンズ」とともに三部作のように考えられる作品があります。「非・バランス」は、小学校時代にいじめられた体験のため、中学校では「クールに生きていく」「友だちはつくらない」をモットーに過ごす中学2年生の「私」が主人公。ふとしたきっかけで出会った15歳上のサラさん、小学校時代の「私」と同じ苦悩に直面する同級生・みずえとの交流を通じて、少しずつ頑なな心が開かれていきます。「超・ハーモニー」は、有名私立中に入ったものの勉強についていけず悩む響と、その兄・祐一をめぐる物語。7年前に失踪した兄は、ある日突然「おカマ」の姿で戻ってきます。両親は冷ややかな目で祐一を遇し、響も当初は兄との関わりを避けていましたが、次第にその「辛くても自分に嘘つかない生き方」を受け入れるようになります。3作品とも、読みながら自分の奥深くに幽閉した傷や罪の意識に触れられるような痛み、苦しさを覚えますが、最後はかすかな光を見出し、痛みや苦しさとともにまるごと作品世界に浸っていたいと思わされます。
ごみの話も少ししましょう。引用文のごみ収集車はパッカー車と呼ばれるものです。車の後部にふたがついていて、開けるとごみの投入口になっています。入り口の部分には回転板があり、そこでごみをプレスしながら押し込んでいく仕組みです。その圧力は相当なもので、木製の家具などはベキベキと激しい音を立てながら軽々と粉砕・減容します。パッカー車の普及の歴史は高度経済背長と軌を一にしています。ごみの量が加速度的に増え、ごみの質も多様化し、特にかさばるプラスチックごみの割合が高まるにしたがって、圧縮装置のついたごみ収集車は自治体にとって不可欠のものになっていきました。
近年はごみ処理関連施設が、子供たちの環境学習の教材として注目され、焼却施設見学を行う小学校も増えています。なかには、ごみ収集車の投入口にごみ袋を投げ入れる作業を子どもたちに体験してもらうコーナーを設けている自治体もあります。

 

 

16・梨木香歩「西の魔女が死んだ」(2001年 新潮文庫)

「今日は表の道路に清掃車が来る日ですから、まいも部屋にゴミがあったら持っていらっしゃい」
 おばあちゃんに言われて、まいは部屋からくず入れを取ってきた。
「普通の白い紙は捨てないでね。カラー印刷のしてある紙やプラスティック、ビニール製品はこの箱に入れてちょうだい」
「普通の白い紙って、こういうの?」
 まいは書き損じのルーズリーフを見せた。
「そう、焚き付けにしますから」
 おばあちゃんのうちのゴミは、まいのうちのゴミの量の5分の1ぐらいしかなかった。まいはそれを持って、表の道路に出しにいった。

中学1年生になったばかりの「まい」は、「私に苦痛を与える場でしかない」と早々に学校を見切り、大好きな田舎のおばあちゃんの家でしばらく過ごすことになりました。仲良しグループに入って自分を抑えながら付き合うことが、急に浅ましく卑しいことに思えて、クラスで孤立してしまったのでした。お母さんは仕事を持ち、お父さんは単身赴任。3人家族はいったんバラバラになります。
おばあちゃんはイギリス人で、英語教師として日本に赴任し、おじいちゃんと結婚してそのまま日本に住みつきました。まいはおばあちゃんの家で、野イチゴを摘んでジャムを作ったり、鶏の世話をしたり、手洗いでの洗濯を手伝ったり。可愛がっていた鶏たちがある朝、獣か何かに襲われて全滅していたという悲しい経験もします。うちは魔女の家系なのだというおばあちゃんの話に惹かれ、自分も超能力を持とうと、そのための基礎トレーニングと称して早寝早起き・規則正しい生活にも挑戦。生きるエネルギーを体に蓄えながら、生と死の問題にも向き合うようになります。
おばあちゃんは、いつまでもこの家で暮らしたらいいと言ってくれました。しかし、「お母さんが仕事を辞めていいと言うから、まいも転校してお父さんのところへ引っ越して3人で暮らそう」というお父さんの提案を受け入れ、まいは1か月あまりの滞在を終えて町へ戻ります。新しい学校での毎日を、自分なりの魔女修行だと考えたのです。
まいはその後、おばあちゃんに会いに行く機会を逃したまま、2年後に突然おばあちゃんが亡くなります。葬儀のため向かった懐かしい家で、まいは会わなかった2年間もおばあちゃんの溢れる愛に包まれていたことを発見します。タイトルの「西の魔女」はもちろんおばあちゃんのことですが、それは超能力を持つ超人的な存在ではなく、自分を大切にしながらいつも愛する人たちのことを遠くからでも思い続けられる人のことを指しているのだと思います。それほど長くはなく、とても読みやすいにも関わらず、さまざまな読み解き方ができそうな素敵な作品です。
引用文の場面、おばあちゃんの家にはかまどがあり、薪に火をつけるのに紙を利用しています。カラー印刷のしてある紙を焚き付けに使わないのは、そのような紙には顔料などを塗工した紙(アート紙やコート紙)が多く、カラーインクも使われているので、燃やしたときに化学物質が生成されるのを嫌ったのでしょう。自然と仲良しでその恵みを最大限に活用して暮らすことも、いわば「魔女」の条件。ですからおばあちゃんは、空気を少しでも汚すようなことはしたくないのです。
紙10kgを燃やすと約16kgの二酸化炭素が発生すると言われます。燃焼という酸化反応により、紙10kgに酸素12kgが結びつき、二酸化炭素16kgと水蒸気6kgができるというわけです。ただし、紙は植物由来の資源で、もともと植物の中に吸収・蓄積していた炭素が排出されたと考えられるので、カーボンニュートラルであり、温室効果ガスの排出量には加算されません。とはいえ、紙は良質な再生資源ですから、焚き付けに使う最小限度の紙以外はリサイクルに出すといいでしょう。また、カラー印刷のしてある紙は引用文ではプラスチックなどと一緒にごみに出されましたが、このような紙も再生紙原料としてリサイクルできます。
おばあちゃんの家から出るごみ(可燃ごみのことと思われます)は、まいの家の5分の1ほど。自然に囲まれた広大な家ですから、生ごみは当然自家処理でしょう。菜園で野菜も育てているし、ジャムなどの保存食も自家製ですから、買い物の量も少ないと思われます。自然に寄り添った暮らしほどごみの量は少ないということが、この引用文からもよくわかります。

 

17・三浦しをん「月魚」(2004年 角川文庫)

「瀬名垣の父親は、いわゆる『せどり屋』だった。古本屋で十把一絡げで売っている本の中から、少しでも価値のありそうなものを買い、その分野を専門で扱う別の古本屋に売り飛ばす。また、廃棄場に忍び込み、まだ店頭に並べられる本を掘り起こし、何食わぬ顔をして古本屋に売りに行く。その微々たる上がりで生活するのだ。もちろんある程度の古本の知識は必要だが、だいたいは元締めがいて、その男の言うとおりに動くだけだ。当然、古本屋はそういうお客からは本を買い取りたくない。しかし一応客なのだから、無下にすることもできない。ゴミを漁り、後ろ暗い経路で手に入れた本を売る輩、と業界でいい顔はされなかった。」

瀬名垣太一は、「せどり屋」と蔑まれながら懸命に業界で生き抜こうとする父のもとで、幼い頃から古書に親しんできました。親子で業界の老舗・無窮堂に足繁く通い、教えを乞ううちに、無窮堂の将来の跡継ぎ・本田真志喜と親しくなります。しかしある日、真志喜の父親が捨て本として書庫に積んでおいて古本の山の中から、太一が世の中に一冊しかない伝説の稀覯本を発見。価値を見抜けなかった真志喜の父親は、その日以来家族を捨てて行方をくらましてしまいます。太一の父親も、息子が無窮堂に対して恩を仇で返したという罪悪感に苛まれ、古書業界から身を引きます。ただ太一と真志喜は、半年のブランクを経て付き合いを復活させます。
物語はこの事件から十数年を経て、無窮堂の三代目店主となった真志喜、店舗は持たず卸専門で古書を扱う太一の2人を中心に展開します。「亡くなった主人の蔵書を売りたい」との依頼で、ある地方の旧家に買い付けに訪れた際、財産の処分を未亡人だけに任せておきたくない親類が集まりました。その1人は、近在の古本屋も呼んで鑑定してもらい、値段の高い方に売ることを提案。2人はその屈辱的な案をやむなく受け入れますが、やってきた地元の古本屋とは、行方不明だった真志喜の父親でした。
古書業界という一見地味な舞台設定にも関わらず、綿密な取材に基づく興味深い業界の裏側の描写、五感に訴える瑞々しく鮮やかな表現、端正でわかりやすい文体のおかげで、静かな空気の中にも人間の生の息吹が躍動する素晴らしい作品に仕上がっています。特に、真志喜の父親と2人の鑑定対決は見ものです。
引用文についてですが、一般家庭の蔵書を売ろうとしてもその8~9割は古書としての価値はゼロです。残り1~2割の本と抱き合わせで古本屋が引き取り、100円均一コーナーに出されることもありますが、そのような本は次々に入荷する一方で在庫スペースにも限りがあるので、日々多くの本が廃棄→リサイクルに回されることになります。
折れや汚れが目立ったり書き込みの多い本は、古本屋でも引き取れませんので、古紙回収に出すのがいちばんです。「新聞」「雑誌」「段ボール」「紙パック」が古紙の基本4品目で、単行本・文庫本などは雑誌に分類されます。日本製紙(株)のホームページでは、次のように排出の際のアドバイスが記されています。
・束ねる前に、ビニール・粘着テープ・金属・プラスチックなど「紙でないもの」を取り除く。
・雑誌は「ファッション雑誌・マンガ雑誌などの月刊誌・週刊誌類」と「単行本・文庫本などの書籍類」というグループに分け、別個に束ねると束ねやすい。(同じ種類・同じ大きさのものを集めてまとめる!)
・運搬の途中でくずれないよう、しっかりと紙ひもで縛る。(紙ひもが望ましい)
各家庭から出された古紙は、その後、業者によって更に選別され原料として梱包されます。古紙の種類毎にしっかり束ねられていることは、とても重要なのです。

 

18・スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り」(2011年 岩波現代文庫)

「面と向かって撃つはめになったんだ。母イヌは部屋のまんなか、まわりに子イヌたち。おれに飛びかかってきたもんだから、すぐにぶっぱなした。子イヌたちはおれの手をペロペロなめて甘える。じゃれつくんだ。一匹の小さいプードルが、いまだに哀れでならない。そいつらをダンプカーに山盛りに積みあげて、〈放射性廃棄物埋設地〉に運んでいく。じつをいえば、ただの深い穴なんです。地下水に届かないように掘って底にシートを敷けとか、高い場所を探せと指示されていた。でもこんなこと、おわかりだと思うが、だれも守っちゃいませんでしたよ。シートはなかったし、場所もさっさと決めたもんです。ダンプカーから穴の中へ落としたが、このプードルはよろよろとよじ登ろうとする。おれたち、だれにももう弾が残っていなかった。とどめがさせない。一発の弾もないんだから。そいつを穴に突き落とし、土をかぶせた。いまだにかわいそうだよ」

父がウクライナ人、母がベラルーシ人という著者(2015年ノーベル文学賞受賞)が、チェルノブイリ原発事故から10年をかけて約300人にも上る人々の体験したこと、見たこと、感じたこと、考えたことを聞き書きしたドキュメンタリー文学作品です。
チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日に発生しました。事故が起こった4号炉は操業休止中で、外部電源喪失を想定した非常用発電系統の実験中、制御不能に陥って、炉心溶融・爆発したということです。爆発に伴う火災の消火活動は難航し、約10日間にわたって大量の放射性物資の放出が続きました。その量は広島原爆の400倍といわれます。事故原因については、施設そのものの構造的欠陥、実験のため安全装置が解除されていたこと、運転員の操作ミスなど、いくつもの要因が複合して起こったものと考えられています。
本書に登場する人たちのプロフィールはさまざま。現場で事故処理に当たった作業員や兵士、その妻、サマショール(立ち入り禁止区域に自らの意志で戻り暮らす人)、医師、科学者、子供たち、そして名前を明かさない(明かせない)人たち……。
必要以上に文章を整えず、繰り言もジョークも叫びも笑いも沈黙も丁寧に写し取るその文体が、一人ひとりの生を重く鮮やかに描き出します。読む者を立ち止まらせ考えさせずにはおかない言葉が随所に散りばめられています。たとえば、
「ご主人は人間じゃないの。原子炉なのよ」(消火作業に従事し、その後発病した消防士の妻が、入院する病院の看護師から言われた言葉)
「人間は英雄じゃない。ぼくらはみんな終末思想を売って歩いてるんです」(事故現場を取材したカメラマン)
「畑で採れたキュウリをすてることのほうが、チェルノブイリよりも大問題なんです」(地元で暮らす女性教師)
「私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とは言わなかった。(中略)でもこれは〈私〉よ!〈私〉は死にたくない。〈私〉はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは〈私〉を語ることを学び始めたのです」(モギリョフ女性委員会「チェルノブイリの子どもたち」代表)
フクシマを経験した私たち日本人だからこそ、チェルノブイリを自分事として捉えなおさないといけない、そう強く思いました。
引用文についてですが、あらゆるものが高濃度・広範囲に放射能で汚染された原発周辺地域では、たくさんの放射性廃棄物埋設地が造られました。放射能が拡散しないよう、また埋設物が地下水を汚染しないよう、当時のソ連政府は一応の設置基準を示しましたが、その基準を守らせるための管理がほとんどなされていなかったことがわかります。
発電所から30km圏内に住む人々は移住を余儀なくされ、残されたペットや家畜たちは銃で撃たれて、放射性廃棄物として処理されました。事故処理に使われたヘリコプターや消防車なども埋設地に捨てられましたが、それらがいつの間にか持ち去られ、市場に出されていたという証言も本書で紹介されています。放射性物質の制御が不可能になったとき、その被害がどれだけ広範囲に及び果てしなく広がっていくかを、こうしたエピソードが表しています。
日本では、廃棄物に関する最も包括的・基本的な法律として廃棄物処理法がありますが、放射性廃棄物はその管轄外。原子力発電所から発生する放射性廃棄物の管理などについては、原子炉等規制法に基づいて行われます。とはいえ同法では、廃棄事業については政令の定めるところにより原子力規制委員会の許可を受けなければならないと規定しているのみ。もちろん、福島原発事故のような大規模な放射性廃棄物の発生は想定外でした。事故を受けて放射性物質汚染対処特別措置法が制定され、特定廃棄物という新たな概念が導入されました。
特定廃棄物は、対策地域内廃棄物と指定廃棄物からなります。放射能汚染により特別な廃棄物管理が必要と認めた地域を環境大臣が指定し、その地域から発生する廃棄物を対策地域内廃棄物といいます。また、一定の水道事業者、下水道管理者、廃棄物処理施設管理者等による調査に基づき、同様に特別な管理が必要と認めた廃棄物を環境大臣が指定することとしており、これを指定廃棄物といいます。特定廃棄物の処理は国が行うと定められています。現在、福島県富岡町にある最終処分場「フクシマエコテック」などにおいて、特定廃棄物の受け入れ・処分が行われています。

 

19・山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(2012年 新潮文庫)

「たまプラーザは整備された街で、桜や花水木やユリノキが街路樹として植えられ、汚れたところがどこにもない。『緑を大切に』『暮らしよい街づくり』という看板があちらこちらに立っていて、実際にその通りの街並みである。公園にも、ごみ捨て場にも、きれいな花が咲いている。」

働きながら小説家を目指す「私」(墨田栞)と、大学時代の先輩である恋人の紙川との関係を縦軸にストーリーが展開する、自伝的な作品です。世間や常識に囚われることなくしっかりとした目標を持ち、その実現に向けて努力を怠らない栞と、男としてのプライドが高く社会的地位を重視する紙川。2人の考え方のすれ違いや対立を起点として、話は社会の矛盾や男女のあり方、ときには人間の本質論へと、縦横無尽に展開していきます。主人公の生硬な主張や考え方を敢えてそこここに放り込むことで、作者は意識的に物語の流れを遮断し、恋愛小説や青春小説として読まれることを拒否しているように見えます。たとえば、こんな言葉たちです。
「現代社会に合わせて人生設計を立てるなんて、ばかだ。社会というのは、これから作るものだ」
「人と人は、関係がない。誰も、誰からも必要とされていない。必要性がないのに、その人がそこにいるだけで嬉しくなってしまうのが、愛なのではないか」
「この世には、ぶっ倒れてもセーフティネットがある。(中略)二人が好き合っていたのではなく、世界から二人が好かれていただけだったのだ」
「言葉は、社会の中を流れている。言葉には美とユーモアがあるだけで、意味というものは存在しない。耳をすましていれば、語彙は増える。言葉なんてただの道具で、面白いだけだ」
「手や目で感じることに集中したい。外界に興味がある。内面には無関心でいたい。(中略)自分をなくし、作品性だけを社会に溶け込ませてみたい」
「もっとゆるやかな線で人と繋がりたいのだ。百万葉のクローバーになりたい」
「身近な人でなく、遠くにいる、会ったことのない人の感受性を信じて、言葉を発信する」
「人間は遺伝子の乗り物というだけでなく、文化の乗り物でもあるのだ」
非常に読みやすく親しみやすい文体で、モチーフも身近なものが多いにも関わらず、社会に開かれたメッセージ性、世界を見つめる入り口としての文学というものを強く意識している点で、他の若手女性作家とは明らかに一線を画しています。
引用文に出てくるたまプラーザは、栞と紙川が通った大学がある場所であり、二人が一時期一緒に住んでいた地でもあります。新しい世代によって作り上げられ、今なおさらに明るい未来を信じて変化し続ける、栞のエネルギーを受け止めるのにふさわしい街です。「ごみ捨て場」とは、おそらく道路脇やマンションの出入り口に設けられたごみステーションのことだと思われます。ステーションを囲うちょっとした地面に草花や低木が植えられたり、季節の花を寄せ植えしたプランターが置かれたりしているのでしょう。
道路沿いを花で飾るとごみのポイ捨てが目に見えて少なくなるというのは、各地で実際に経験していることです。地域の自治会・町内会や女性団体が、花いっぱい運動を展開している例があちこちに見られます。それは、美しく心を癒される景観づくりのためであると同時に、ごみ対策という面も併せ持っているのです。

 

20・村上春樹「騎士団長殺し」(2017年 新潮社)

「肉と魚と野菜、牛乳と豆腐、目についたものを片端からカートに放り込んで、レジに並んで勘定を払った。トートバッグを持参し、レジ袋はいらないと告げることによって五円を節約した。」

『1Q84』から7年、待ちかねた書下ろし本格長編――こんな惹句が帯に踊るも村上春樹の最新作です。「次はどうなるんだろう」「これとこれはどう結びつくんだろう」とワクワクドキドキしながら最後まで一気に読ませるストーリーの面白さは、さすがです。突飛でお洒落でとぼけた味のある明喩の多用も、この人ならでは。
第1部と第2部合わせて1000ページ以上の大著も、寝る間を惜しんで読み切ってしまいました。特に今回の作品は、かなりすんなりと読めるのが特徴です。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のように2つの世界を並行的に描いたり、『1Q84』のように2人の視点を交互に交えたりといった技巧を凝らさず、終始「私」の視点で、しかもほぼ時系列的に記述されています。
とはいえ、決してストーリーが単純だというわけではありません。これも村上春樹の持ち味だと思いますが、歴史軸と空間軸を日常の描写の背後にいつも感じさせることで、奥行きのある世界を紡ぎ出しています。本を読むことの楽しさをこれほど感じさせてくれる作家は、やはり稀有だと思います。
肖像画家の「私」は、妻から突然別れを告げられ、友人の父親が住んでいた小田原郊外の山中の家に1人で住むことになりました。その友人の父親は、雨田具彦という高名な日本画家ですが、認知症が進行し、施設に入ったため空き家となったのです。「私」はある日、屋根裏で雨田具彦が描いた「騎士団長殺し」というタイトルの絵を見つけます。具彦の経歴を調べるうちに、オーストリアがナチスドイツに併合された1938年、彼がウィーンに留学していてナチス高官暗殺未遂事件に巻き込まれたことを知ります。「私」は「騎士団長殺し」の絵が、その事件と密接に関わって誰かに何らかのメッセージを残すため描かれたのではないかと推測します。そしてこの絵が触媒となり、「私」の周りには次々と不思議な事件が起こって……。物語は日常と非日常・非現実が交錯しながら、スリリングに進んでいきます。
「日常と非日常」と書きましたが、このうち「日常」の象徴とも言えるのが、ごみをめぐる記述です。引用文は物語の最終盤、「私」がスーパーに買い出しに行ったときの描写で、マイバッグを持参してレジ袋を断ったため5円の値引きをしてもらったことが記されています。環境省の資料によれば、日本では年間約300億枚のレジ袋が使用されており、プラスチックごみの約15%をレジ袋が占めています。家庭でごみ袋代わりなどにも使われるレジ袋ですが、利用法にも限度があり、その多くは1回しか使われないままごみになっているのです。
近年では、店舗、消費者団体、行政が三者協定を結び、当該自治体のすべてのスーパーでレジ袋を有料化するという取り組みが進んでいます。レジ袋有料化の効果は絶大で、多くのケースでは有料化によってマイバッグ持参率が7~8割まで向上します。ただ、スーパーの足並みが揃わなかったり市民の合意ができていない地域では、個々のスーパーが引用文のようにマイバッグ持参者に対して値引きをしたり、ポイントを付与したりするサービスを行っています。
なお、この作品には引用文以外でもごみがけっこう頻繁に登場します。たとえば次のような記述です。
「その人がゴミの集積場にゴミを出しに行ったり、あるいは近所のスーパーに買い物に行ったりすると、そこには近所のお宅の奥さんがいて、自然に会話が生まれる」
「遠くの方からゴミ収集車の流すメロディーが風に乗って微かに聞こえてきた」
「昨日が月曜日で、瓶と缶のゴミを出す日でしたから、今日は間違いなく火曜日です」
主人公をはじめとする登場人物の日常を描くうえで、ごみは欠かせない要素であることがわかります。
敢えて本作品に注文をつけると、細部の整合性などに対する疑問点というか「これはどうして」「これはどうなったの」と思うようなすっきりしない点がいくつか残ったのも事実です。それは村上春樹の他の作品でも感じることがあるのですが、『ねじまき鳥クロニクル』や『海辺のカフカ』などの場合は、はっきりしない点があっても読者に解釈を任せる余白として捉えることができました。でも本作の場合、何か詰め切れていないような、もっと別の展開があってもいいような、そんな物足りなさを感じてしまうのです。でも、そういった点をひっくるめてもとても面白い本です。一読の価値は十分すぎるくらいあります。

 

21・森絵都「みかづき」(2016年 集英社)

「幼いころに両親が離婚した。父親が無職で養育費ももらえなかったため、それ以降は母親が働けども働けども暮らしは楽にならなかった。なんとしても公立高校に合格するため、中学時代は教師たちの顔色ばかりうかがう毎日で、そんな自分がいやでたまらず、拒食と過食をくりかえしたこともあった。こんなことでは早死にしてしまう。高校合格が発表された日、もう二度といい子なんか演じない、浮いてもいいから自分を殺さずに長生きしようと誓った。その誓いを守るため、それなりの犠牲を払い、一時は周囲から孤立し、それでも負けじと新しい人間関係を一から構築して『今に至るわけです』。乾いた声色でヘビーな身の上を語りながら、阿里はちりとりをゴミ箱へ運び、固まったまま動かない一郎をせかした。」

学習塾という存在を真正面から扱うことで、戦後の日本教育の問題点に深く斬り込んだ力作です。主人公は、千葉県の小学校で用務員として勤めていた大島吾郎。高校中退後まだ3年目で若いこともあり、よく子どもたちの遊び相手をしていましたが、あるとき「勉強がわからない」と泣きつかれたことをきっかけに、放課後用務員室に集まってくる子どもたちに勉強を教えるようになります。そんな子どもの1人であった赤坂蕗子の母親・千明にその腕を見込まれ、2人で塾(当時は「勉強教室」が一般的な呼称だったそうです)を始めることになります。昭和37年のことです。
引用文は、吾郎の孫・上田一郎がボランティアで始めた、家庭の貧困などが理由で学校の勉強についていけなくなった子どものための勉強会の場面です。会が終わった後、ボランティアスタッフの阿里が机に散らかった消しゴムのかすをかたづけながら、内申書に縛られていい子を演じざるを得なかった中学生時代のことを打ち明けます。
消し“ゴム”といっても、今はほとんどがプラスチック製です。プラスチックにもいろいろな種類がありますが、消しゴムに使われるのはポリ塩化ビニル(PVC)で、これにフタル酸系可塑剤を加えて軟質に固めています。PVCは燃やすとダイオキシンが発生するなど、環境への影響が大きいことから、近年はPVCフリー(非塩化ビニル)の消しゴムも開発されています。PVCフリー消しゴムに関する情報は、「エコ商品ねっと」などのサイトで見ることができます。

 

22・アントニオ・G・イトゥルベ「アウシュヴィッツの図書係」(2016年 集英社 小原京子訳)

「それは死体で溢れる巨大な穴だった。底の方の死体は焼かれ、上の方は何層にもごちゃ混ぜに積み重なり、腕、頭、黄色っぽい皮膚が見えている。ここでは、死は一切の尊厳を失い、人間はただの残骸になり果てている。
ディタは胃液が逆流するのを感じた。これまで自分が信じてきたものが音を立てて崩れ去っていく。
私たちの存在って何? 腐敗していく肉の塊でしかないの? 単なる原子の集まり?
何度もそこに来たことのある者でさえ動揺しているのがわかる。帰り道では誰も口をきかなかった。こういう死を目の当たりにすれば、「命は神聖なもの」というそれまで信じてきた考えが根底から覆される。
数時間前まで生きていた人間が、まるでごみのように穴に投げ入れられる。作業員のハンカチは腐臭に耐えるためではなく、顔を隠すためではないかとディタは思った。人間をごみとして処理するのを恥じているのだ。」

チェコ出身のユダヤ人少女ディタがいるのは、ベルゲン=ベルゼン強制収容所。ほんの少し前、アウシュヴィッツ強制収容所から移送されてきました。アウシュヴィッツと違ってガス室はありませんが、その代わりろくな食事も与えられず、自然に死を待つだけの日々が待っていました。毎日何人もが亡くなり、それを看守から指名された4人の囚人が、1人ずつ両手足を持って運び出します。ある日、初めてディタにその役目が回ってきたのが、引用文の場面です。
この作品はルポルタージュではなくあくまで小説であり、細部は著者の創作になる部分も少なからずあるようですが、基本的なストーリーや登場人物は実話です。引用部分の描写も本当にあったことだと考えていいでしょう。国境や人種を超えてあらゆる人間社会を貫く最低限の価値観として機能していたはずのもの――人間の尊厳という理念――が、ナチスの支配する強制収容所の中では全くの無になります。ここで使われている「ごみ」という言葉は、人間の存在価値そのものを信じられなくなったディタの絶望を象徴しているように思えます。 アウシュヴィッツ強制収容所に連行されたユダヤ人たちは、普通なら労働力となり得る男性だけが選別され、他のすべての女性や子供や老人は即刻ガス室に送られて死を迎えます。しかし、1943年9月と12月にアウシュヴィツ・ビルケナウ収容所(第2強制収容所)へ送り込まれた一団のみ、全員が生かされ家族収容所で生活することになりました。彼らはそこで秘密裏に学校をつくり、教師たちは隠し持っていたわずか8冊の本を使って授業を行います。朝になったらそれらの本を配り、授業が終わったら秘密の場所へ隠すのが、図書係の少女ディタの役割です。 その8冊がどんな本かというと、『幾何学入門』だったり『世界史概観』だったり、あるいは『兵士シュヴェイクの冒険』……。でも、どんな本かは関係ありません。「本」という存在自体を、ナチスは徹底的に排除しようとします。なぜか。文中にこんな表現があります。
「彼らはその手に、アウシュヴィッツで固く禁じられているものを持っていて、見つかれば処刑されてもおかしくない。それは銃でも、剣でも、刃物でも、鈍器でもない。第三帝国の冷酷な看守たちがそこまで恐れているもの、それはただの本だ。(中略)本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ。」
そんな「危険」極まりない8冊の本を、ディタは文字通り命がけで守り抜きます。
こんな言葉もあります。
「本は、テストや勉強、面倒な宿題を連想させるが、同時に鉄条網も恐怖もない暮らしの象徴でもある。怒られないと本を開かなかった子どもたちが、今はそれを仲間だと認識している。ナチスが禁止するなら、本は彼らの味方ということなのだ。」
人間という存在の美しさと強さと醜さと罪深さを、これほど痛切に描いた作品があったでしょうか。そして、本というメディアの持つ果てしない力を、これほど鮮やかに浮かび上がらせた作品があったでしょうか。世界中の一人でも多くの人に読んでほしいと、心から願わずにいられない作品です。
なお、現代の日本で亡くなった方の遺骸はほとんど火葬に付されています。「墓地、埋葬等に関する法律」は土葬を禁じているわけではありませんが、各自治体の条例や内規で禁止されている場合がほとんどのようです。火葬後、遺骨は遺族に引き渡されますが、それは一部であり、火葬場全体としては毎日けっこうな量の残骨や骨灰が発生することになります。その扱いですが、法的な位置づけはあいまいなようです。「環境新聞」(環境新聞社発行)によると、廃棄物処理法の対象外で、専門の業者が不純物を選別した後、寺院等で埋葬供養を行っているとのことです。



ごみと文学CONTENS


01島本理生「ナラタージュ」(2005年、角川書店)


02夏目漱石「三四郎」 (1948年 新潮文庫)


03太宰治「斜陽」
(1950年 新潮文庫)


04川端康成「みずうみ」
(1960年 新潮文庫)


05湯本香樹実「夏の庭」
(1994年 新潮文庫)


06村上春樹「羊をめぐる冒険」(2004年 講談社文庫)


07綿矢りさ「インストール」
(2005年 河出文庫)


08佐藤多佳子「黄色い目の魚」
(2005年 新潮文庫)


09小川洋子「博士の愛した数式」
(2005年 新潮文庫)


10森絵都「風に舞いあがるビニールシート」(2009年 文春文庫)


11瀬尾まいこ「幸福な食卓」
(2004年 講談社)


12絲山秋子「アーリオ オーリオ」(2007年 講談社文庫『袋小路の男』所収)


13湯本香樹実「岸辺の旅」
(2012年 文春文庫)


14椰月美智子「体育座りで、空を見上げて」
(2011年、幻冬舎文庫)


15魚住直子「未・フレンズ」(2007年 講談社文庫)


16梨木香歩「西の魔女が死んだ」(2001年 新潮文庫)


17三浦しをん「月魚」(2004年 角川文庫)


18スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り」(2011年 岩波現代文庫)


19山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(2012年 新潮文庫)


20村上春樹「騎士団長殺し」(2017年 新潮社)


21森絵都「みかづき」(2016年 集英社)


22アントニオ・G・イトゥルベ「アウシュヴィッツの図書係」(2016年 集英社 小原京子訳)